映画感想「犬神家の一族」

1976年の日本映画。推理小説家・横溝正史が生み出した名探偵「金田一耕助」シリーズの中で最も映像化が多い作品で、白いマスクを被った「スケキヨ」や、湖から足だけが突き出た死体などは観たことがなくても知っている方は多いかと思う。監督は市川崑、主人公である金田一耕助を演じるのは石坂浩二。名作と知りながらも恥ずかしながら未見で、Youtubeで11月10日から2週間限定で無料公開されていたので今回初視聴。

ストーリー

昭和二十年代の日本、那須湖畔。一代で製薬会社を立ち上げ財を成した犬神家当主、犬神佐兵衛が他界する。親族はその莫大な遺産にばかり固執していたが、左兵衛の遺した遺言状は左兵衛に近しい犬神家の人間と、左兵衛が懇意にしていた神主・野々村の孫娘、珠世の全員が揃うときまで公表されないようになっていた。
7ヶ月後、名探偵・金田一耕助が那須を訪れる。犬神家の顧問弁護士である古舘の部下・若林から指定された宿で彼の来訪を待つ金田一。その間に双眼鏡で湖を眺めていると、女性が乗ったボートが浸水しているのを発見する。金田一は慌てて湖まで駆けつけ、彼女を救助する。なんとその女性は野々村珠世だった。そして宿に戻ると、金田一と会うはずだった若林が殺されており……というのが序盤。

冒頭、犬神佐兵衛ご臨終のシーン。集まった親族の多くは財産目当てであり、
左兵衛もそれをわかっている。もうここから面白い。

感想

2時間25分と長尺ながら、それを感じさせないほど面白かった。とにかく名優たちの凄味ある怪演が見所で、それは冒頭の今際の際のシーンから存分に発揮されている。布団に横になり間もなく息絶えようとしている左兵衛と、それに「ご遺言は?」と迫るその長女。その長女をはじめ、明らかに遺産目当てで集まった大勢の親族。この異様な空気の中、ほとんど土気色の左兵衛は顧問弁護士の古舘を指差すと、彼の口から遺言状は既に作られ保管されていることと、発表まで誰も内容を知ることはできないことが語られる。ほぼ全員がおあずけを食らった犬のような状況の中、左兵衛は意にも介さず珠世を見つめたまま往生する。まともな台詞があるのは松子と古舘だけで、他の人間はみなそれぞれが左兵衛を見つめるだけ。それだけの演技しかできないのに、上記のような情報が無駄なく伝わってくるのだ。この犬神家の遺産相続について記された遺言状の内容は物語が進むと公表されるのだが、その現場も壮絶。いい大人たちが動揺し取り乱すさまはとにかく迫力がある。
また、事件とは関係のない何気ないやり取りが洒落てて面白く、全体的に無駄が無いのも凄い。個人的に好きなのは那須を訪れたばかりの金田一耕助がホテルを探すシーン。通りがかった女性にホテルの場所を尋ねると、女性はその場所を教えてくれ、「でもホテルなんて名前だけで古びた旅館よ?」と付け加える。金田一は「いやあ、きったなくて構わんのですよ」と汚くても気にしないアピールをすると、女性が「私そこの女中です」と答え金田一はバツの悪そうな顔をする。要は謙遜に釣られて余計な一言を言っちゃったわけだが、犬神家の相続権争いや陰惨な殺人事件といった重苦しい雰囲気に対する緩急として、こうした会話やコミカルなシーンが機能している。

上記会話のあと、気まずさで思わず自分の帽子をギュッと握る金田一耕助。
他にも死体を見て叫び声をあげるなど、絶妙なズッコケ感が本作の癒やしになっている。

実際こうした観る側への気配りは随所に見受けられ、前述のような軽妙なやり取りだけでなく、ちょっと説明が長い、退屈になりがちなシーンが続いた後にはすぐにショッキングな場面を入れるなど、展開作りが相当計算されていると感じた。
本作が凄い理由をあげるとキリがないのだが、脚本が「母子」の物語として面白いのは当然として、いわゆる「推理もの」の映像化のあるあるがだいたい詰まっているというか、後世に生まれたそうしたエッセンスを内包しているような気がする。もちろんトリックもしっかりしており、複雑過ぎず観る側も追いやすいという絶妙な塩梅で、そりゃあ傑作といわれるわと納得。本作を象徴する「スケキヨ」も、羽織袴に白いマスクという取り合わせの不気味さが凄いし、惨たらしい死体の数々も当時の観客の目には今以上にショッキングに映ったことは想像に難くない。大野雄二のテーマソングも印象的だし、ラジオからさりげなくかかる「東京ブギ」や、「夜汽車混んでね」という時代を感じさせる台詞も好き。

まとめ

というわけで、日本ミステリー映画の傑作、という以外言葉が出てこない作品。色々な創作物のネタ元になっているであろう作品なので、初見の方は触れてきた作品次第で違う気づきがあるはず。ちなみに私は今回はじめて「スケキヨ」の声を初めて聞いたが、今までなんとなく聞き流していたアレやコレも「スケキヨ(の真似)だったのか!」と気づかされ、思わず笑ってしまった。ここだけでも是非原典に触れて欲しいので、未見の方には強くおすすめしたい。

みんな大好き「スケキヨ」さん。出兵先のビルマで顔と喉に怪我を負い、それを隠している。
強烈なヴィジュアル、トリック&ボイスと大活躍。

犬神家の一族 本編(Youtube)※2023年11月10日より2週間限定無料公開
https://www.youtube.com/watch?v=gQKILPY0zkg&t=6335s