映画感想「へレディタリー 継承」

2018年のホラー映画。アメリカ制作。主演はトニ・コレット、監督は長編初作品となるアリ・アスター。次作「ミッド・サマー」でさらに名声を高めた若き気鋭の監督である。元々作品が公開された頃から気にはなっていたところ、Amazon Prime Videoで配信されたので視聴。

主人公アニーはミニチュア模型のアーティスト。夫スティーブンと長男ピーター、そしてその妹チャーリーの四人家族。そんな彼女の母であるエレンがなくなったという字幕から映画は始まり、エレンの家で同居していたアニーたち家族は、しめやかに彼女の葬儀を行う。アニーにとっての母は決して自身のことを語ろうとはせず、内向的だが強情で、家族にもわからない「秘密」を抱えて生きていたという人物。故人との別れを済ませ新たな生活を始めようとするアニーたちだが、徐々に不穏なことが起こりはじめ、そこから派生したある出来事が家族をどん底に突き落とす……という話。

はっきりいって、内容について何かを言及することが非常に難しい映画である。
自分は基本的に、物語の中で得られる「驚き」や「面白い部分」というものは観た人のお楽しみになるよう隠して語ろうと心がけているのだが、本作に関してはどこを切り取っても恐怖で溢れており、うかつに深く踏み込めないのだ。
「どこを切り取っても恐怖」と書いたが、とはいえ映画の初めから終わりまで「怖い対象が出てきて何か怖いことをする」といったことだけで補うのは無理がある。そんなことをしたら、途中からその正体は怖くなくなってしまうだろう。恐怖をもたらすものの正体である「一家のおばあちゃん(アニーの母)の秘密」が一体何なのかは後々わかるのだが、それがあとで繋がるとわかっているだけに、その途中途中で見られるあらゆるシーンに潜んでいる違和感のようなものの不気味さを強調してくる。恐怖の対象は出てくるまでが一番怖い。そして、そこに行き着くまで様々な手を使って、何かがおかしいぞ、ということだけは感じ取れるようになっているのだ。
その違和感を別の言葉で言い表すなら、たぶん「忌避感」ではないかと思う。
忌避とは「広い意味では、ある人物や事柄を存在してほしくないとして避けることや、ある人物や事柄のようになりたくないと念ずる感情(Wikipediaより引用)」のこと。ご丁寧にお葬式から始まることからもあまりいい気持ちはしないのだけど、とにかく物語のどこを掘り起こしても我々が避けたいと思うことがてんこ盛りで押し寄せてくるのだ。

一例を挙げるなら、その大きな一つが「家族」である。
ここはすぐに明らかになるところなので説明してしまうが、特におばあちゃん子だったチャーリーは、子ども特有の「何を考えているかわからない」点に加え、彼女自身の奇行も相まって不気味さを強調して描かれる。

エレンに可愛がられていた少女、チャーリー。
内向的な傾向と奇行が目立つ。

長男ピーターも年頃のティーンらしく悪友とマリファナをやるなど不良の遊びに手を染めているが、彼自身は非常に大人しく、演者の演技もあってそう単純には見えない。そもそもアニー自身が長い時間没頭する仕事ということも相まって、母親として子どもたちに構っていないことがうかがえる。夫スティーブンだけはそうした気になる面がないように見えるが、彼や彼女らを信頼しているのかあるいは恐れているのか、気にかけつつも強く干渉することはない。
一人ひとりは客観的にみると、身近に一人くらいはいそうなちょっと危うい人物だったり、もしかしたら自分にもそういう面があったかもと感じる人物かもしれない。だが一家全員がこの感じだと、ちょっと「大丈夫か?」と思ってしまうし、少なくとも積極的にご近所付き合いをしたいという人は少ないのではないだろうか。

こうした「避けたい」と思う気持ちは物語の緩急に関わらず詰まっている。ゆえに精神的に安心する場面が本当に少ない。観る側の心の持ちようだとしても、そうしたネガティブな面を強調し、敏感になるように造られている。この精神的に締め上げてくる感じが、本作の優れた面だと思う。なんというかJホラーや伝奇もののような空気感に近いと感じた。徐々に明らかになるエレンやアニーたち家族に関わる秘密、そして衝撃的な事件は、おぞましさとともに一家をさらに狂わせていく。
特にアニーは、徐々に彼女が秘めていた不安定さ、不穏さというものを露わにしていく。彼女はミニチュア模型アーティストというところもまた良い設定で、自らの心象風景や感情を反映した作品を作っているのだが、他者や視聴者が物理的に垣間見るそれらから類推することができる彼女の心情もまた形のはっきりしない恐怖へとつながる。

夕飯作りも忘れて模型制作に没頭するアニー。
作られる作品も、どんどんおかしくなっていく。

というわけで、何かが出る出ないという単純な手法ではなく、嫌悪感、忌避感的な恐怖を煽って精神を削ってくる作品。それだけだと「怖いゆえの楽しさ」より「辛さ」だけが際立ってしまうが、結末で秘密がわかると、それまで散りばめられていた不安や恐怖の描写が伏線へと変わり、もう一度見ると新たな発見や意図を理解することができる。怖さだけでなく考察ができる作品というわけである。これが初監督作品とは本当に凄いことだと思う。

画像:© 2018 Hereditary Film Productions, A24 Distribution

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