映画感想「キングスマン:ファーストエージェント」

2021年のスパイ・アクション映画。イギリス、アメリカ製作。荒唐無稽なアクションが売りの「キングスマン」シリーズ3作目にして、前2作の前日譚となっており、スパイ組織キングスマン誕生秘話が語られる。監督は前2作のほか、「キック・アス」なども手掛けたマシュー・ヴォーン、主演はレイフ・ファインズ。ディズニー・プラスにて視聴。

1902年、南アフリカ。英国貴族にして元軍人、今は赤十字活動を行うオーランド・オックスフォード公が妻のエミリーと一人息子のコンラッド、執事のショーラを連れ、第二次ボーア戦争の最中に英国軍基地を訪れる。友人のキッチナー将軍との面会が目的だったが、運悪く将軍暗殺の襲撃に巻き込まれ妻エミリーを失ってしまうのだった。
それから12年後。オーランドはキッチナーからの依頼で、成長した息子コンラッドとともにオーストリア大公フェルディナンドを護衛することになる。しかしオーランドたちの努力も虚しく、大公夫妻は訪問中のセルビアでテロリストに襲撃され殺されてしまう。これが世に有名な「サラエボ事件」であり、第一次世界大戦を引き起こすきっかけになるのだが、実はこの事件の背後には世界の破滅を目論むテロリスト「羊飼い」が率いる「闇の狂団」の計画の一部だった。オーランドたちは独自の諜報網によりこれを突き止め、彼らの野望を阻止するために戦う……というのが物語の大筋。

オックスフォード邸の地下室。
場所こそサヴィル・ロウのテーラーではないが、スパイ組織としての土台は整っている。

あらすじでわかるように、本作は第一次大戦の頃の史実をベースに、オックスフォード家と悪の勢力の攻防を絡めた歴史創作ものとなっている。なのでオーストリア大公夫妻も、それを暗殺したガブリロ・プリンツィプ、そしてキッチナー将軍など、オーランドの家族周りの人物を除き大半は実在する人物。作中でその部分はあまり強調されないが、実はかなり歴史ドラマ成分が強い作品となっている。世界史知識が豊富な人は気づきが多いのではないだろうか。自分はそこまで歴史に明るくはないが、ラスプーチン周りの描写を見た辺りかなり事実に近づけていると感じた。
ちなみにドイツ皇帝ヴィルヘルム2世、ロシア皇帝ニコライ2世、英国王ジョージ5世は、全員血縁者ということでトム・ホランダーが1人3役で演じている。「歴史の影にキングスマンあり(この頃は設立されていないが)」という世界観を深堀りするような構成はこうした前日譚で扱う題材として非常に適しているが、ストーリー的にかなりこちら部分に力を入れていることもあり、全体としては状況説明部分がやや多い。

そんな中でも、本作随一の盛り上がりポイントが「ロシアの怪僧」ことグリゴリー・ラスプーチンとの戦いだろう。とにかく実際の写真から飛び出してきたようなヴィジュアルが凄まじい。僧侶でありながら接近戦も滅法強く、ロシア舞踏のようなキレッキレの動きでオーランドたちを追い詰めるのだ。トレイラーではロシア民謡曲「カリンカ」に乗せて激しいアクションを繰り広げていたが、劇中に流れる激しい舞踏曲はロシア帝国時代の国歌「神よツァーリを讃え給え」のメロディが入っており、演出面でも隙がない。
正直他の敵たちが不憫になるくらいのインパクトなのだが、惜しむらくはこれが映画のクライマックスではないことだろう。前述したように本作は第一次大戦を舞台としており、史実で途中脱落したものは本作でも生き残れないのである。それでもこのシーンは前2作に共通する「キングスマン」らしさ満載で、一見の価値ありだと思う。

ラスプーチン。ノリノリでイカれっぷりを披露してくれる。
そして強い! 怖い! よく動く!

また、本作は父オーランドと息子コンラッドの親子関係を描いた物語でもある。戦場で妻を亡くして以降、オーランドはコンラッドを大切に育て、様々な技術を学ばせつつも本当に危険なことからは遠ざけていた。第一次世界大戦が始まった後、コンラッドは父親の気持ちを理解しながらも、愛国心や父親の過保護に対する反抗心、周囲から臆病と思われたくないといった理由から軍へ入隊を希望するが、オーランドはそれを許さない。こうした親子間のすれ違いも歴史ドラマ部分と並んでしっかり描かれるのだが、思わぬ結末というか自分が予想していなかった方向で終わったのでわりと驚いた。思い返してみればマシュー・ヴォーンは結構こういうことをやる人なので、ああいうやり方は監督にとってあまり関心がないか、逆に強い拘りがある部分なのかもしれない。ついでにいうなら、独特のケレン味あるカメラワークは今回も健在。え、そんな見せ方するの? という楽しませ方は監督ならではだと思う。

というわけで、実際の歴史的事件を絡めた壮大さに、いつもどおりのアクションや演出を織り交ぜたスパイ映画。シリーズ特有の荒唐無稽さからは想像できないほど史実部分のつじつま合わせようという意思が感じられ、かなりアクション部分と落差があるがそれも本作の味。歴史ドラマ部分目当てでもそれなりに楽しめるし、アクション部分もやはりハイテンションで「キングスマン」らしい。とにかく、そのどちらにおいてもラスプーチンのパートはよく出来ており、後に出てくる真の黒幕には悪いが本作の「顔」といっていいだろう。

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