映画感想「ブラック・フォン」

2022年公開のサイコ・スリラー映画。監督スコット・デリクソン、主人公の少年を演じるのはメイソン・テムズ。原作となった「黒電話」という小説があり、それを書いたのは「ホラー小説の帝王」ことスティーブン・キングの息子ジョー・ヒル。流石に原作小説は未読だが、最近マカロニ・ウエスタンばかり観ていたので箸休めということで選んだ作品。Amazon Prime Videoにて視聴。

ストーリー

1978年のコロラド州デンバー。郊外の住宅街に住むフィニー・ブレイクは殴られたことは数あれど相手を殴ったことのない、気弱だが心根の優しい少年。やんちゃグループからいじめの標的にされたり、酒浸りの父親に怯えたりしながらも妹のグウェンドリンや、一匹狼不良で親友のロビンなどに助けられながら暮らしている。
その頃の町では謎の誘拐犯「グラバー」による少年の失踪事件が相次いでいた。妹はたまにその誘拐現場を夢で見ることがあり捜査中の刑事を驚かせるのだが、父親に「やめろ」と仕置される日々。フィニーは妹が傷つくの目の当たりにしながら制止できない後ろめたさを感じていた。
あるとき、他の失踪者と同じようにして親友のロビンの失踪事件が発生。腕っぷしの強さで一目置かれていた彼がいなくなったことでフィニーへのいじめはいっそう激しさを増すのだが、今度はそのフィニー本人がグラバーに誘拐されてしまうのだった。彼が監禁された地下室には粗末な寝床やトイレのほか、断線された黒電話があり……というのが序盤。

監禁部屋にある断線された黒電話。時折ベルが鳴り、フィニーがそれを取ると……。
いかにもS・キングを思わせる超常的、霊的なシーン。

感想

公開当時に多少話題になっていたこともあり、観た人の感想や何が起こるかなどを大体の内容を知った上で見てしまっていたのだが、あらためて観て「なんも知らずに観た方がよかったな」と後悔した。
なぜなら、これは私が好きな「ジャンルシフト」ものだからである。ジャンルシフトものというのは作品の前半と後半でまるで違うジャンルの映画に見えたり、またジャンルとしては同じでもまるで違う楽しみ方や面白さが成立している作品を指して勝手に私がそう呼んでいるだけなのだが、今作はまぎれもなくこれに該当すると思う。この手の作品は良作であっても「途中までの雰囲気が台無し」とか「超展開過ぎて萎えた」とか評価されることもあるのだが、個人的には頭で予想していなかった部分を刺激される感覚や、話にギアがかかったようなブースト感がたまらなく好きなのだ。

さて本作の話に戻るが、本作は原作者ジョー・ヒルが製作総指揮をつとめていることもあってか、特に作品序盤の雰囲気は実にS・キングのそれ。田舎町、少年、いじめ、友情といった既視感ありありの要素をうまく組み合わせて「親父っぽい」感じを踏襲している。もちろんまるで同じというわけではなく、フィニーやグウェンドリンの状況は非常に深刻なのだが、父親に折檻された後に場面が切り替わると二人で笑いながら学校を下校するなど、あえて感情の繋ぎを切るような切り取り方にしているという印象。感情がコロコロ変わるのも子供らしいといえばらしいのだが、傍観者として暴力を見させられる場面も多くS・キング作品の雰囲気が牧歌的に見える程度にはドライで生々しいというか、あえて感情移入させないようにしている節が感じられた。

主人公のフィニー(左)と妹グウェンドリン(右)。
妹は兄想いで、兄より気が強くさらに予知夢を見ることがあるという色々な能力(?)持ち。

ジャンルシフト部分でいうとじつに丁寧に作られており、ある一点から突然変化するという感じではなくゆっくりと内容がグラデーションで変化していく感じ。そしてクライマックスでやってくる感覚で、「最初と違う(雰囲気の)映画になってる!」とはっきり気づかせるわけである。ネタバレになるので具体的には語らないが、爽快感があってとても良かった。
本作はそうしたジャンルシフト部分のみならず、全体的に説明がないように見えておそらくすべての現象に理由付けがされている「であろう」考察向け作品になっていると感じた。本作では誘拐犯グラバーの動機などが本人の口を通してはっきりと明かされない。表面的な部分だけ見ていると疑問が残るのだが、おそらくこういうことだろうという推測はできるし、振り返ってみると言動が一貫しているように思えてくる。それは妹が見る「予知夢」、あるいはフィニーが監禁された部屋にある黒電話ですら含まれており、全体的に「読み解ける」要素が散りばめられたように見える。そうしたことを踏まえて考えた結果、個人的な推測だが「S・キングが嫌いなスタンリー・キューブリック版『シャイニング』に寄せている」んじゃないかと思った。キングとキューブリックの確執は各自検索していただきたいが、本作における超常的、霊的な現象の共通性や、グラバーがかぶっているマスクがどことなく「シャイニング」の主人公ジャックに見えなくもないところなど、どうにも匂わせに感じられて仕方がないのだ。こうしたS・キングに向けた「擦り」の数々は、親子関係だからこそできる茶目っ気、悪ふざけに見えて個人的にはニヤニヤしてしまった。

フィニーを監禁し、部屋に時折現れては陽気に振る舞うグラバー。
吹替版で観たので「Here’s Johnny!」と言ったか定かではないが、口周りがそう見えなくもない?

まとめ

というわけで、「キングの息子」を逆手に取った丁寧なスリラー作品。怖さMAXというわけでは決してないが、観ているうちにじわじわと恐怖とは別の面白さがやってくる。考察できそうなほど練られた構造や、積み上げられたものを駆使して脱出を試みる伏線回収の巧さ、そしてじんわりとしたジャンルシフト、主人公フィニーの成長など、一つの物語の中においしいところがたくさん詰まっており、満足度が高かったです。

画像:© 2022 Universal Studio

Amazon Prime Video(吹替版)
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