映画感想「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」

2021年公開のスパイ・アクション映画。イアン・フレミングの小説を映画化した「007」シリーズ25作目。主演ダニエル・クレイグ、監督はキャリー・フクナガ。クレイグが演じるジェームズ・ボンドとしては5作目であり、本作が最終作となっているそう。Amazon Prime Videoで視聴。

物語はある女性の回想から始まる。雪原の中にある一軒家で、母親からマドレーヌと呼ばれた少女は昼間から酒浸りな母に言われ酒を持っていく。そこへ防寒服に能面をつけた不気味な男が訪問。サフィンと名乗った男はマドレーヌの父に恨みがあり、復讐だといって母親を射殺してしまう。マドレーヌも命を狙われるが反撃、そのまま逃げようとするも凍った湖の氷が割れ湖の中に落ち、溺れかける。
月日は流れ、成人したマドレーヌは精神科医となり、恋人とイタリアを訪れていた。相手はジェームズ・ボンド。英国諜報機関MI6を引退したスパイである。ボンドはこの地に死に別れた元恋人ヴェスパーの墓があり、マドレーヌとのこれからのために過去と決別する目的があった。宿泊した日の翌朝、ボンドは元恋人の墓へ最後の別れを告げに向かうが、そこで秘密結社スペクターの襲撃を受ける。スペクターの一人がマドレーヌについて言及し、この襲撃に彼女が関わっているのでは(彼女の父親はかつてスペクターに所属していた)ないかと疑ったボンドは、彼女を信じきれずにそこで分かれてしまうのだった……というのが冒頭。

特に本作で感じるのは、それまでの設定や人物相関図がかなり絡んでいる点。死んだボンドの恋人ヴェスパーは、クレイグ版ボンド1作目の「007/カジノ・ロワイヤル」で登場しており、マドレーヌの父親ミスター・ホワイトは2作目「007/慰めの報酬」で敵組織の人間として初登場している。そして秘密組織スペクターや、今作のボンド・ガール(「007」シリーズのヒロインに対する呼び名)マドレーヌ自身も4作目「007 スペクター」からの登場となっている。
そうした関係性を前提として物語が進むため、クレイグ版ボンドを追っているとボンドの思考などがつながっていることがわかるが、予備知識無しもしくはそれまでの内容を忘れていると、多少置いてけぼりになるかもしれない。自分は実際忘れていたのでそうなった。

「007」はジェームズ・ボンドを主役に据えた長い歴史のあるシリーズであり、ボンドを演じる俳優(ダニエル・クレイグは6代目)は次々変わっている。その中で、作品のテイストも役者や時代に合わせて変遷しており、自分のおぼろげな記憶と照らし合わせると、クレイグ版ボンドは彼の強面な印象もあって従来より真面目でシリアスな空気があったと思う。
その作風は「スカイフォール」で最高潮に達したのだが、次作「スペクター」からは路線がやや娯楽作寄りへシフトし、本作「ノー・タイム・トゥ・ダイ」も前作のテイストを受け継いだと言っていい。序盤に登場する「能面の男」のヴィジュアルはすごく良いのだが、正直「スカイフォール」がシリーズの世界観の中でのクライマックスとしてぴったりすぎたために、その後の作品がどうしても映像や人物の見かけに比べると奥深さを感じられなく(あえて作っていない?)なっている。

冒頭の、能面の男がマドレーヌの家を襲撃しにくるシーン。
「007」らしからぬホラー・スリラーっぽい不気味さで、正直けっこう心を掴まれた。

しかし、ボンドの超人的でスタイリッシュなアクションは「そんなんあるかい」という荒唐無稽さと「ありそう」という現実味の間をしっかり突いてくるし、敵の本拠地に潜入する大胆な作戦、味方だと思った人物の急な裏切りや、敵から奪い持ち帰った物品をボンドの仲間のQが分析し新たな情報が明かされていく過程など、中盤の物語運びもシリーズとしてのお約束な部分はしっかり盛り込まれ、2時間30分を超える長尺ながらも楽しむことが出来る。
終盤の展開や結末に不満がないわけではないが、ボンドの「男」としての立場が変わったことを考えるとそこに落ち着くのも一つの答えではないかと思う。ラミ・マレック演じる敵役もどう考えてもボンドと釣り合う相手ではないのだが、それでもこの幕引きは「クレイグ版ボンド最終作」だからこそ許されるのかもしれない。ただ、日本人からすると「いやそれは決してカッコよくはないぞ」ということをボンドがやるのは、狙いがあったとしてもちょっと擁護できないかなぁ。

というわけで、「007」らしいアクションと、長期シリーズならではの悩みと苦労が垣間見える作品。ずっと前作を上回る質のものを作り続けるのは難しいし、途中で傑作が生まれてしまったのもある意味で不幸だったのかもしれない。2006年から続くクレイグ版ボンド最後の作品としてご覧になってはいかがだろうか。

抜擢された当初は非難轟々だったというダニエル・クレイグだけど、
自分の中では一番印象深いジェームズ・ボンド。お疲れ様でした。

画像:© 2022 Danjaq & MGM. 007 and related James Bond Trademarks, TM Danjaq.

Amazon Prime Video
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B09Q57Q525/