映画感想「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」

2018年の映画。世界的に有名な物語「ドン・キホーテ」を元にしたファンタジー作品で、監督は「未来世紀ブラジル」「12モンキーズ」などを手掛けたテリー・ギリアム。主人公のトビーをアダム・ドライバー、ドン・キホーテに取り憑かれた老人ハビエルをジョナサン・プライスがそれぞれ演じる。原題は「The Man Who Killed Don Quixote」(ドン・キホーテを殺した男)。Amazon Prime Videoで視聴。

あらすじ

天才と持て囃され傲慢になったCM監督トビーは、自身が手掛ける作品の出来に満足できずスランプに陥っていた。スタッフとの関係もギクシャクする中、彼は偶然にも若い頃に自身が監督として制作した自主映画(の、たぶん違法コピー)と巡り合う。その作品の名は「ドン・キホーテを殺した男」。偶然にも今いる場所は自主映画のロケ地とも近かった。
トビーはインスピレーションを得るためにその村を訪れる。が、村は彼の自主映画がきっかけで変化が起こっていた。従者サンチョを演じた村民は不摂生が祟って亡くなっていたが、映画にも参加した酒場の娘アンジェリカは女優の夢を抱いて村へと飛び出していた。そして主役ドン・キホーテを演じた靴職人ハビエルはまだ健在だという。トビーは彼の元を訪れるが、ハビエルは彼を見るなり「おお、サンチョか!」と嬉しそうに叫び、抱きついてきた。「お前、戻ってきたのか? わしを救うために!」ハビエルは映画でドン・キホーテを演じて以来、すっかり自身をドン・キホーテだと信じ込んでしまっていた。そして従者のサンチョに間違われたトビーは、彼の旅に強制的に駆り出される羽目に遭ってしまう……というのが序盤。

トビーを見てサンチョが戻ってきたと歓喜するハビエル老人。
昔(映画撮影時)とまったく変わらない格好で、時が止まった感じがまたたまらない。

感想

この「ドン・キホーテ」の物語はテリー・ギリアムにとって因縁の作品で何度も映画化を試みたがそのたびに失敗しており、オープニング・クレジットではギリアムの名が出る前に「25年に及ぶ制作と挫折を超えて……」と一文が添えられるほど。ちなみにギリアムの最初の映画化挑戦から失敗までの顛末は「ロスト・イン・ラ・マンチャ」というドキュメンタリー映画にもなっている。

まず、テリー・ギリアム作品としては非常にわかりやすい作品だと思った。今作は「未来世紀ブラジル」や「ゼロの未来」のような奇抜なガジェットは登場しない代わりに、現代でありながらまるで中世スペインに入り込んでしまったかのような画が素晴らしい。ジョナサン・プライスのドン・キホーテ(ハビエル)は出で立ちはもちろん劇じみた口上など実にそれらしく、物語から飛び出してきたような仕上がり。彼に振り回されることになるアダム・ドライバーの傲慢で胡散臭い映画監督もいかにも滑稽でよい。冒頭の印象はいけ好かない男だが、自主映画を撮っていた過去シーンでは熱い映画バカな一面も垣間見え、それも人物としての魅力になっている。
物語も、「ドン・キホーテ」について知っていれば、設定からしてもう「なるほど」と合点がいくようになっているのも良い。ある辺境の郷士が騎士道物語にハマり過ぎた結果現実と物語の区別がつかなくなり、自分のことを遍歴の騎士だと思い込んで旅に出るのが原作の内容だが、ギリアム版も時代を現代に変えつつ、やることはまったく変わらないわけである。ちなみに最初の映画化のときはトビーがタイムスリップで中世(というか物語?)に入り込む設定だったようだが、今作では「主人公の行動が原因で狂人を生み出してしまい、それに振り回される」という同監督の「フィッシャー・キング」と同じような筋書きに変わっている。

現実の話でありながら、カットによっては中世の騎士物語と見紛うシーンがある。
騎士らしい口上のハビエルは「ドン・キホーテ」そのもの。

テリー・ギリアム作品ではよく現実と虚構(夢・妄想)がテーマとして扱われ、本作も現実の中でひとり妄想に取り憑かれたハビエル老人にトビーがついていくうち、目の前の出来事が現実なのか虚構なのかわからなくなり、観ている者も巻き込んで妄想の世界に引き込まれたような錯覚に陥る。面白いのは、現実と虚構を行き来するうちに現実の方が妄想や夢想に取り憑かれた人間よりもよほど歪んでいて異常に見えてくるところだと思う。トビーやアンジェリカ、あるいは観客自身の周りの滑稽な「現実」よりも、夢想に逃げ込んだ人間のほうがよほど純粋で(そして哀れで)美しい。この物語自体にどっぷり浸るとそれはそれで危うい気もするのだが、一瞬一時でもそう感じさせてくれるのがギリアム映画の良さのように感じた。

まとめ

というわけで、いかにもテリー・ギリアムらしい世界に終わり方の作品。正直、監督が今までやって来たことをてんこ盛りにしたようにも思えるのだが、むしろ逆で「ドン・キホーテ」でやろうとしていたことを切り分けて他作品でやっていたんじゃないかという気がする。とにかく、四半世紀にも及ぶ執念がやっと実った監督にすれば記念作品、にして入門編にも良いんじゃないかと思った。

画像:© 2017 Tornasol Films, Carisco Producciones AIE, Kinology, Entre Chien et Loup, Ukbar Filmes,
El Hombre Que Mató a Don Quijote A.I.E., Tornasol SLU

Amazon Prime Video
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