映画感想「ゼロの未来」

2013年のSF映画。テリー・ギリアム監督作品、主演はクリストフ・ヴァルツ。
テリー・ギリアムはイギリスのコメディグループ「モンティ・パイソン」のメンバーの一人で、映画監督としては「未来世紀ブラジル」や「12モンキーズ」などが有名。特に「ブラジル」は架空の20世紀を舞台としたディストピアSFで、作り込まれた背景美術やガジェットといい、そこに生きる人々の悲喜劇的な様相といい、初めて見たときは本当に過去のどこかで枝分かれした世界かと思うくらいの衝撃を受けた。あとはロビン・ウィリアムスが出演する「フィッシャー・キング」も好きな作品。

主人公コーエン・レスは、大企業マンコム社でプログラマーとして働いている孤独な中年男。仕事ぶりは優秀だが当の本人は心に問題を抱え、生きることに意味を見出だせないでいる。彼は過去に一度だけかかってきた「人生の意味を教えてくれる電話」がもう一度かかってくることを待ち望んでいた。その電話を取りたいがために在宅勤務を産業医に申請するが却下され、今度は上司のはからいでマンコム社の社長である「マネージメント」に直訴の機会を得る。上司が開いたパーティでマネージメントと会った結果、コーエンは在宅勤務できる代わりに、会社が極秘で進めていた「ゼロの定理」の100%解析を依頼されることになる……というのが大まかな話の流れ。

ストーリーだけ聞いてぴんと来ない方がいるかもしれないが、ギリアムSFの面白さはそうしたストーリー自体の引きよりも、その流れの中に垣間見える強烈なインパクトのヴィジュアルと、それらが象徴する意味にあると思う。
まず、主人公コーエンの容姿がいい。髪のない頭にたるんだ体で、まったく笑みを見せない。その異様さはまるで別の星から来た人間のようで、明らかに周囲と馴染んでいないことが見てわかる。元教会跡地を買い取って住んでいる彼の姿は、その信仰していないにも関わらず修道士そのものに見える。
そんな彼を取り巻く世界の町並みは、どこかゴシック感を残しながらも大量の電子広告で埋め尽くされ、大通りを無数の一人乗り自動車が走っている。いかにもサイバーパンクな世界に見えるが、科学技術の発展結果というより、大量消費や個人主義などの現代的思想や生き方が先鋭化した果ての世界という印象。こうした監視社会、消費社会の様子は「ブラジル」の無機質で統一された軍服や服装などとは方向性の違いを感じるものの、根底にあるカリカチュア精神は同じである。

電子広告に落書きと雑多な町並みは、創作としても現実でも一見ありそうな風景に思えるが、
大量の一人乗り自動車が走る様は奇妙かつ絶妙に現実離れしている。

コーエンの仕事はプログラマーだが、何かシステムを組み上げるというわけではなく、「エンティティ解析」という聞いただけでは理解し難い仕事。そもそも家にあるコンピューターから何から、我々が慣れ親しんだものとかけ離れた奇抜なデザインなのだが、マンコム社の仕事場はまるでゲームセンターの筐体のようであり、作業者はそこに座ってゲームのコントローラーのようなものを持ち、座席のペダルを漕ぎながら3Dパズルゲームのようなものをクリアしていくという、遊びなのか仕事なのかわからないことをしている。
面白いのは、その成果を記録するソフトウェアがシリンダーに入った液体になっていること。さらにそれを画面下のテーブルに置くと、目の前の小窓がラーメン屋「一蘭」のように開き、人の手がそれを取り代わりに別のシリンダーを置いていくという謎システムである。なぜそんな仕組みなのかと思わず考えてしまうが、表現の面白さは流石だなあと思う。ストーリー上で言及されないが、こういう目を引くもので溢れかえっているのが本作の楽しさといえるだろう。

ただ、そんな奇天烈なヴィジュアルも相まって、目に見える部分だけでストーリーを追っていくと疑問符が払拭されないまま終わってしまう作品でもあると思う。自分も「結局こうなんじゃないか」と思うところはあるが、わからない部分も多く、想像が多分に含まれている。とはいえ表層だけではわからないからこそ、「結局なんなのか?」という疑問を持って観る姿勢にもなる。生ならぬ「性」的魅力に溢れた女性ベインズリーや、いかにもデジタルネイティブ世代ともいうべき少年ボブといった、一人ひとりのキャラクターの意味や役割がより際立って見えてくるようにも思う。

コーエンの自宅(元は教会だった)で、「ゼロの定理」解析のために協力するボブ(右)。
二人のシーンは「独り身の家に親戚の子供が遊びに来た」感があって好き。

この「わからない」から興味を引き出すというのはストーリーテリングとしては高度で万人受けしにくい手法だが、がっちり心を掴まれた人にとっては記憶に残る作品になる気がする。随所に「ブラジル」の自己模倣的な成分が感じられるのは、監督が「現代社会を生きる人間の心の救済」について、映画を通してひたすら掘り下げ続けているからだと思う。

というわけで、ギリアムの作家性が炸裂した、難解なストーリーと強烈な視覚イメージで埋め尽くされており、まるで他人の夢を見させられているような気分にさせてくれる作品。奇異なガジェットが示す意味や、ストーリーの隠された意図を見つけ出す楽しみがある。禁欲的で孤独な男コーエンが、他者との交流によって少しずつ変化していく過程がよかった。

画像:@ 2013 Asia & Europe Production S.A.

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