映画感想「ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密」

2019年公開のミステリー映画。ライアン・ジョンソン脚本、監督作品。ダニエル・クレイグ主演。
現代のアメリカを舞台に、世界的推理作家の死にまつわる真相を、南部訛りの探偵ブノワ・ブランが追いかける。本作はアガサ・クリスティ等に代表される探偵ミステリー小説の風体を意識して作られており、監督のライアン・ジョンソンもアガサ・クリスティに捧げるつもりで脚本を書き上げたのだとか。

ライアン・ジョンソンといえば、今や「スターウォーズ/最後のジェダイ」で賛否両論を巻き起こした監督として有名だろう。その前の作品「ルーパー」も観たが、非常に個性の強い、というか捻りを加えたがる作家だと感じた。それゆえ、SWの監督に抜擢されたときは流石にあの個性は出ないんじゃないかと思ったのだけど、自分が思ったより我が強かったようだ。監督のシリーズにかける心意気は買いたいけど、あれだけやったなら最後まで面倒見ろよ、とも思う(彼の意思で続けられるものでもないけど)。
しかし今作はそういったブランドゆえの縛りはないので、監督の力量が遺憾なく発揮されている印象を受けた。始めにいっておくとかなり面白いし、やはり監督の個性である捻りが加えられている。

物語は、NY郊外に住む世界的推理作家にして富豪、ハーラン・スロンビーが、自宅にて遺体で発見されるところから始まる。その日は彼の誕生日の翌朝。前日には誕生パーティーが開かれ、家族や関係者が家を訪れていた。彼の子どもたちやその配偶者は成功者に見えるが、融資や出資、著作権管理などでハーランに依存し、一部の人間は問題を抱えている。またハーランは莫大な資産を持っていたため、その遺産目当てで誰もが彼を殺す理由があった。

ハーランの遺言を聞きに集まった一族と関係者。このあと波乱が巻き起こる。

死亡したハーラン・スロンビーの喉はナイフで切り裂かれているが、一見すると自殺。警察が家族に事情聴取を行う最中、奥で彼らの言葉に耳を傾ける警察ではない一人の男がいた。彼こそがダニエル・クレイグ演じるブノワ・ブランであり、名探偵として知られている紳士。彼のもとに差出人不明の封筒が届き、ハーラン・スロンビーが誰かに殺されたので調べて欲しいという依頼とともに、札束が入っていたのだという。

実にミステリー小説らしくお膳立てされた舞台や人物設定であるが、このまま古典らしく捜査が進行し、証拠が集まっていくのかというとそうではない。ここからがこの映画の見所であり、そして捻りがきいた部分だろう。何がどうなると語ると面白さを奪ってしまいそうなので多くは語れないが、観ていて感じたのは、これは間違いなくミステリーものに明るくない人でも楽しめるだろうということだ。
登場人物の中にマルタという、ハーランの看護師をしていた若い女性がいる。彼女はハーランが唯一何でも話せる友人であり、信頼されていた。そして、彼女には「ウソをつくことができない(ついたことがバレてしまう)」という、強烈な特性がついている。ある意味ウソで武装するのが常だろうミステリーものにおいて、この設定は非常にキャッチーでスリリング。マルタは容疑者の一人でありながら、探偵ブランのワトソン役を引き受けることになる。
もう一つ、殺されたハーラン・スロンビーがミステリー作家であり、映画は途中から、彼が描いた筋書きのような展開になってくる。作中のミステリー作家が残した謎を探偵が看破するというシチュエーション自体は無数にあるだろうが、今作では「ある理由」と絡めて、作中のミステリー作家のトリックが作中の現実に侵食してくる醍醐味を味わうことができるだろう。ここは非常にワクワクした。

そして、ダニエル・クレイグ演じる探偵ブランはいかにもポアロなどを思わせる落ち着いた紳士。ジェームズ・ボンドのときよりもこころなしか顔が丸い気がする。物腰が柔らかいのに抜け目ない、ように見えてどこか抜けている、んだけどやっぱり明晰……という絶妙な名探偵を演じている。

椅子に座るブラン。後ろにあるのはおそらくハーランの著作「千のナイフ」を象徴するオブジェ。
この椅子は象徴的に使われる。

ただブランはここが傑出して特徴的、という点がなく、あくまで他者との対話を通して魅力を出すキャラクターだと感じた。「そこにいるだけで面白い」タイプではない。この映画の面白さは強烈なキャラクターによるものでなく、あくまでストーリーの面白さだろう。その他の人物も、前述のマルタを除いてそれほど個性的な人物はいないがうまい具合にわかりやすく特徴づけされており、チームワークで物語を盛り上げる。

こうしたひとクセふたクセある設定と、オールドスクールなミステリーものが共存しているのが非常に面白いと感じた。がっつりトリックまで上質なミステリーを期待するとがっかりするかもしれないが、ミステリーの皮をかぶったエンターテインメントであり、そしてやっぱりミステリーでもあるというバランス。この「○○に見せて△△」というのは作品のテーマの一つなのかもしれない。
これは評判の良さもうなずけるというのと、「アガサ・クリスティー好きなんです!」で書き上げた話がこのクオリティという、ライアン・ジョンソンの凄さを改めて思い知った。

画像:2019 © Lionsgate films

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