映画感想「裏切りのサーカス」

2011年作。東西冷戦時代を描いたスパイもの。
ゲイリー・オールドマン主演。トーマス・アルフレッドソン監督作品。

イギリス諜報部「サーカス」の中に、ソヴィエトのもぐら(二重スパイ)がいる。
その情報を持つというハンガリーの将軍と接触するため、諜報部リーダー、通称コントロールは工作員プリドーをハンガリーのブタペストに送った。
しかし任務は失敗、その責任を取る形でコントロールは失脚。その際に、彼の右腕でこの映画の主役であるスパイ、ジョージ・スマイリーも解雇される。

ところが、そのコントロールが殺される。さらに消息を断っていた別の工作員から、外務次官にもぐらがいるというタレコミがあり、隠棲していたスマイリーは外務次官からの依頼で、諜報部を調査することに。
手始めにコントロールの家を訪れると、彼がサーカス幹部に目星をつけ、マザー・グースにちなんだコードネームをつけていたことがわかる。

「鋳掛け屋(ティンカー)」パーシー・アレリン。
「仕立屋(テイラー)」ビル・ヘイドン。
「兵隊(ソルジャー)」ロイ・ブランド。
「貧乏人(プアマン)」トビー・エスタヘイズ。
そして、「ベガーマン」ジョージ・スマイリー。自分も疑われていたのだ(ベガーマンは乞食の意だが訳はそのまま)。

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コントロール(背を向けた人物)と5人の幹部たち
© 2011 STUDIO CANAL

スマイリーは、信頼のおける部下ギラムと、引退した元公安警部メンデルとともに、自分を除いた四人を調査していく。

まず、知力体力に秀でた万能スパイが悪の組織と派手に戦う……というテイストではない。
失脚した老スパイのスマイリーが、映画の序盤から終盤までひたすら地味に、静かに、淡々と調査していくのだ。しかし退屈ではない。原作を書いたジョン・ル・カレは実際にイギリス秘密情報部に所属していたという。大げさにいうと「本物のスパイが書いたスパイ小説」なわけで、情報の扱い方やスパイたちの攻防はリアリティがありスリリング。加えて、英国諜報部における二重スパイ事件は実際に起こっており、原作はそれをある程度下敷きにして書かれているとのこと(実在の彼らは「ケンブリッジ・ファイヴ」と呼ばれた)。

容疑のかかったキャラクターたちはいずれも個性的な容姿。最初のうちはスマイリーを除いてみんな腹に一物持った感じがうかがえるだけなのだが、話が進んでいくと誰と誰が不和だとか、誰々にはこんな過去や秘密があって……といった事実が徐々に明らかになっていく。
映画を観ながらそれを登場人物にタグ付けし調査していくような感覚が、実にミステリー的で楽しい。情報の提示がさりげなく、それでいて印象的に見えるのは、映画が徹底して「静か」に作られているからこそできる演出だろう。さざなみ一つない湖をじっと見ていると、魚がはねた水面すらじっくり観察できるように。

また、スマイリーが過去を回想するような場面はサーカスのパーティーシーンが多く、「あの頃はよかったなあ」という古き善き時代を偲ぶようなシーンも沁みる(もちろんそこにもヒントと伏線がたっぷりである)。
終盤で明らかになる真犯人の訴えも、スパイという物事の表裏を見てきた者の悲哀のようなものを感じさせ、ソ連側のスパイ「カーラ」の不気味さも、話をただの内輪揉めに見せない良いスパイスになっている。

画面も、淡く曇った空にコートの男たちの立ち姿と、全体を通して瀟洒な印象の場面が多かった。
おそらく、一度観ただけでは各シーンの意図を汲み取ることは不可能だろう。観直しては新しい発見に驚き、なるほどと膝を打つ。解説や答え合わせが楽しい作品。なんというか美術展を回ったり、小説を読み進めていくような感覚にも近いと感じた(元は小説なのでおかしな話だが)。