映画感想「西遊記 ~はじまりのはじまり~」

2013年のファンタジー映画。香港・中国合作。チャウ・シンチー監督作品。
西遊記を元にした、というか前日譚的な話で、妖怪ハンターの玄奘をウェイ・ジャンが、同じく女妖怪ハンターの段小姐をスー・チーが演じる。西遊記に妖怪ハンターなんて言葉出てきたっけ、とか気にしてはいけない。

チャウ・シンチー自体は日本では「少林サッカー」の監督・主演俳優として有名。
今作では役者として出演はせず、制作側になっている。日本文化(マンガやアニメ、ゲームなど)がお好きらしく、作風の随所にその影響が見受けられる。

物語は、川沿いの漁村で暮らす漁師が水中で何かに食われるという、非常に不穏な形で始まる。
村人は妖怪の仕業と考え、妖怪ハンターに退治を依頼。いかにも胡散臭い妖怪ハンターが水面に剣を突き刺すと、死んだ大きなエイが浮かんでくる。村人はこれで一安心と妖怪ハンターに謝礼を渡すが、そこへ「エイは人を襲わない。まだ危機は去っていない」と、髪ボサボサの若き青年が割って入る。

彼こそがこの映画の主人公であり、西遊記でも有名な玄奘であるが、その身なりの悪さといったら、ほとんど浮浪者。当然そんな姿の玄奘の言葉は聞き入れられず、さらに祝賀ムードをぶち壊したとして村人から文字通り袋叩きに遭い、吊るし上げられる。
このときの村人たちがまた暴力的で容赦がないのだが、玄奘が360度からボコられる姿を真上から映しているのでどこかマンガっぽいというか、妙な可笑しみがある。チャウ・シンチーはマンガ的誇張表現の人なのである。

さて、やはりというか当たり前に玄奘の言ったことが正しく、漁村は巨大な魚の水妖に襲われる。
ハリウッド映画のCGと比較すると動きなどどうしても見劣りしてしまうが、中国妖怪としての造形はなかなかあちらさんには出せない味があるように思う。
ここで村の子供が水妖の犠牲になるという、なかなか凄惨なシーンがあるのだが、この容赦のなさもシンチー節である。水妖との戦いはなかなか趣向が凝らされており、子供を助けようとする展開から今度はバスケットに入った赤ちゃんの救出劇、さらにシーソー状の足場を使った攻防など、複数フェーズをまたいでアクションてんこ盛りである(そしてちょいちょいくだらないギャグが入る)。

どうにか水妖を陸に引き上げると、水妖は人間の青年に姿を変える。ここで妖怪ハンター玄奘は、妖怪にわらべ唄を聞かせ、善の心を目覚めさせるというなんとも崇高な方法で鎮めようとするのだが、案の定というかまったく心に響くことはなく、逆に水妖にボッコボコに殴られる。
どうやら、このやり方が功を奏したことはないようだ。

そこを助けるのが、女妖怪ハンターの段である。水妖(後の沙悟浄)を数発ぶん殴っておとなしくさせたあと、いとも簡単に封印してしまう。
「あなたも妖怪ハンター? 経典は?」と段に聞かれた玄奘は、わらべ唄三百首というぼろぼろの冊子を渡す。「これで妖怪の善の心を呼び覚ますんだ」と玄奘。

saiyuuki
「西遊記 ~はじまりのはじまり~」より、玄奘と段。
© 2013 Bingo

「誰の説?」「師匠」「真実だと?」「僕はそう信じてる」玄奘は純真な瞳で返す。段は大笑い。自分の得物であるリングを目の前で操ってみせ、私も子供っぽいものは好きだと悪戯っぽく言う。

善の心を信じると言った玄奘だが、師匠の下に戻ると自分の道に対する不安を吐露し、自分は無力で、子供を救えなかったと泣き崩れる。結局村を救ったのは、妖怪の善心を信じる自分ではなく、力で妖怪を倒し封じ込めた段なのだ。
ここで「お前にはほんの少し何かが足らなかっただけだ。修行を続けなさい」と優しく諭す師匠も一見まともっぽいが、実はヅラな上に食い逃げをするといういまいち信用がならないキャラクターである。

ここから玄奘の行く手には、猪剛烈(猪八戒)や孫悟空といった西遊記お馴染みの妖怪たちが登場するのだが、その主軸はなんと玄奘と段のラブストーリー。あれだけしょーもないギャグやアクションをやっておいてからの、である。

玄奘と出会った段は、彼のピュアさにまいってしまったらしく、彼を追いかけてはけっこう強引に迫る。
ところが、自分の信念であるところの、良心を目覚めさせる「大いなる愛」こそ「男女の愛」などより偉大なものだとする玄奘は、段の猛アタックを頑なに拒む。背景には、妖怪を倒せる腕を持ちながら、妖怪ハンターの使命より金や色恋に現を抜かす段に対する嫉妬が混じっている気もする。
それでもめげずに玄奘の気を引こうとする段の一途な姿がいじらしくて泣かせるのだ。途中の段と別の女性によるガールズトークっぽいやり取りもやたら可愛い。

しょーもないギャグやパロディ、えぐめの暴力描写をまぶして、不器用な恋物語を出してくる――このギャップが、チャウ・シンチーの魅力だと思う。あまりの落差に、ときどき「俺は今何を観ているんだろう……」と素に戻る感覚も他では味わえない。

もちろん、「少林サッカー」「カンフー・ハッスル」の流れを組んだ珍技・珍キャラクターたちもしっかり登場する。特に、空虚王子という体が弱く気障な妖怪ハンターが、その技、キャラクターともに抜きん出て面白い。映画の最後はGメン’75のテーマ(とパロディ)で終わる。

あまりにくだらないのにまっすぐ泣かせにくるという、出演していなくともシンチー節溢れる作品。
彼が手掛ける映画は大体このノリなので、合う人は他の作品もハマると思う(自分は料理バトル漫画をそのまま映画でやった「食神」でハマった)。
また、小さいところではわらべ唄三百首、段のリングなど、小道具をしっかりストーリーに絡めてくるのもいい。個人的には瓢箪オルゴールの造形が好き。