映画感想「アニアーラ」

2018年に公開されたスウェーデン制作のSF映画。監督ペラ・コーゲルマン、主演はエメリー・ヨンソン。スウェーデンのノーベル文学賞作家であるハリー・マーティンソンのSF叙事詩が原作。Amazon Prime Videoにて視聴。

ストーリー

近未来。放射能汚染によって地球に住めなくなった人類は、徐々に火星に向けて移住を始めていた。軌道エレベータを通じて8000人の乗客を収容した巨大宇宙船アニアーラ号は、火星へ向けて出発する。そのエレベータに乗っていた主人公であるミーマローベ(MR)もアニアーラ号の新しい職員として、船内に設置されたAIによるイメージ投影装置「ミーマ」のオペレーターとして就任した。火星までの距離は時間にして3週間。だがその航行途中、飛んできたスペースデブリ(宇宙ゴミ)によってアニアーラ号の動力部が損傷を受ける。爆発を恐れて燃料をすべて排出した結果、船は動力を失いさらに航路を大きく逸れたまま漂流してしまった。
船長のシェフォーネは乗客を集めて現状を包み隠さず伝え、「漂流方向から近い星の重力を利用してUターンする手段がある」と説明する。それで事故による乗客のパニックは防がれたが、MRのルームメイトであった天体観測士ロベルタは、彼女に「近くにそんな星はない」と語るのだった……というのが序盤。

アニアーラ号。SFらしい流線型の船ではなく、
回路基板のような形状がハードSF感があってたまらない。

感想

本作は冒頭で書いたように「原作」が存在するのだが、小説ではなく「詩」である。その映画化である本作も一般的にイメージできるようなわかりやすいSF映画ではない。宇宙空間で起こる問題や謎の脅威に対して敢然と立ち向かっていくといったハリウッド的な路線ではなく、ある集団が突如思いがけない事態に巻き込まれ、それを解決する術もないまま緩やかに崩壊していく――という、スペクタクルよりも人間の精神や心理に寄った重い内容となっている。
本作を見て思うのは、全体的に画が良くも悪くも昔っぽいこと。予算あるいは技術的な問題、あるいは表現手法として選択したのかどうかはわからないが、2010年代に作成されたものとは思えないような、言葉を選ばずいうと「古さ」を帯びている。アニアーラで過ごす人々のシーンなど、大量のエキストラたちの演技もわざとらしさがないせいか臨場感があり、そこに映るガジェットもいかにもSFらしい物、生き物、現象を迫力あるCGで見せるのではなく、我々が見てきたものの延長にあるものばかりで、レトロフューチャーな趣さえある。結果、巨大宇宙船や軌道エレベータのようなSF的デザインのものが引き立っており、内部でのSFらしくない絵面すらSFらしく見えると感じた。
その中でも際立つのが、主人公RMがオペレーターを務める「ミーマ」。ミーマが設置された「ミーマ・ホール」は、天井に1枚スクリーンがあり、その下にいる人々の頭にイメージを投影するというもの。理屈はわからないが、イメージを受け取った人は全身の感覚をなくすため、人々は真ん中に穴があいた輪っか状のクッションを顔に敷いてうつ伏せになる。その画はかなりシュールなのだが、妙なスクリーンの下で人々が寝転ぶというだけでSFっぽく見えてくるのだから不思議である。このミーマとMR、宇宙船の漂流事故以前は極少人数しか興味を示さなかったのが、漂流事故以降はその現状に不安を抱えた人々が群がり、利用者が爆増していくというのがなかなかリアル。本作はこういう漠然とした「不安」に妙な説得力がある。

ミーマ・ホールの風景。ただうつ伏せに倒れているだけなのだが、
上部のスクリーンと人の演技だけで未来技術感を出しているというのはある意味うまい。

救いを求めて何かに縋り、徐々に狂っていく人々の姿は、直近で世界的パンデミックを経験した我々には単なる絵空事では済ませられないのではないかと思う。人間の心の弱さが招く悲劇、その中でも誰かの希望が誰かの絶望の引き金になる、というのは興味深かった。
また原作と作者の話になるが、この「アニアーラ」は他作品にも影響を与えたとWikipedia(英語版)に書かれている。ならばノーベル文学賞を受賞しても不思議はない優れた作品であろうことは疑いがないのだが、実は作者のハリー・マーティンソン自身がノーベル委員会に所属しており、「委員会メンバーが受賞をする」という非常に物議を醸す事態になったとのこと。結果、受賞から4年後に自身への批判に耐えきれず自殺している。自ら死を選ぶくらい繊細な作者が、自著の受賞をゴリ押しすることもその権限もなかっただろうとは思うが、そういった作品外の経緯も含めて原作にまとわりつく物悲しさが顕された映画化であるように感じた。エンディングは細やかながら、物語内での伏線が回収されるのもよかった。

まとめ

というわけで、ギラギラした感じのないダウナー系の退廃的漂流SF。終始陰気ではあるが、アニアーラ号船内の遊戯施設で群衆が遊びに興じるシーンや、最低限のガジェットでSFらしく見せるというある意味で古風に見える画面作りはどこか懐かしさも覚えた。

画像:© Meta Film Stockholm AB 2018

Amazon Prime Video
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