映画感想「スペシャリスト」

1969年のマカロニ・ウエスタン。イタリア・フランス合作。セルジオ・コルブッチ監督作品。主演は当時人気絶頂だったフランス人歌手、俳優のジョニー・アリディ。

冒頭、山中で身なりの良い人々が強盗団に襲われている。その強盗を撃退したのは小屋に潜んでいたガンマン、ハッド・ディクソン。彼は故郷ブラックストーンに帰る途中だった。助けられた者の中にその町の者もいたが、ハッドへの扱いがおかしい。ひとつには彼が「射撃の達人(スペシャリスト)」と呼ばれ無法者として噂になっていたこと。もうひとつは彼の兄チャーリーが町の人間によるリンチで殺されているからだった。そう、ハッドは復讐のために戻ってきたのだ。
彼が来ると知った町の人々は慌て、保安官に自衛のために銃を返せと訴える。この町では保安官が強権を発動させ、銃の所持を禁止していた。しかし保安官は「奴にも銃は持ち込ませないから大丈夫だ」となだめ、実際に町へたどり着く前のハッドと出会い彼から武器を没収する。果たしてハッドは兄の死の真相を知り復讐を果たすことができるのか、そして金の在り処は……? というのが大体のあらすじ。

ダークヒーロー、一匹狼、復讐劇と、コルブッチの美味しいところが詰まった作品。チャーリーは銀行から預金の輸送を任され、それを隠したために殺されてしまったらしい。だが彼には純朴そうなシバという嫁さん(未亡人になってしまったが)がいることや、誰がどう見ても悪人といった感じの町の有力者たちなど、序盤の情報だけで話に裏があることは明白。そうした事件の真相を暴く要素に加え、今も見つかっていない銀行の金を探すという宝探し要素のおかげで飽きさせないようになっている。
また、ハッドと町の悪人だけでなく町では絶対に殺しなどさせないという保安官、冒頭に出てきた強盗団のディアブロ一味や、銀行の金が消えたという風の噂を聞いて他所からやって来た、西部劇なのにどう見てもヒッピーにしか見えない若者4人組など、様々な勢力の思惑も面白い。

個人的に好きなのは、冒頭でハッドが初めて登場したシーン。強盗を成功させた強盗団の若頭が一息ついて小屋にあった樽に穴を開けそれを担ぎ上げて喉を潤すのだが、両手で樽を抱えた無防備なところに銃口を向けたハッドが闇からぬっと現れるのだ。まるで悪党の登場の仕方なのだが、その不敵な佇まいといい黒ずくめのコートといい、何の説明がなくても「主役で、しかもお行儀の良い感じじゃない」というのが伝わってくる。

それまで強盗として圧倒的優位にいた男が一転、油断したばっかりに窮地に立たされる。
主人公の登場とあわせて痛快な場面。

また本作に珍妙な武器のようなものは出てこないが、彼は西部劇には珍しい「防弾チョッキ」を身に着けており、これで命を救われる場面がある。もちろん現代的なものではなくどう見ても鎖帷子で、これで銃弾を防げるとは到底思えないのだがそこはご愛嬌。それよりも鎖帷子の変形する特性を利用して拳に巻きつけ殴りつけたり、手の届かない位置のものを取るために投げて目的のものに被せ引っ張ったりと、使い方がなかなか面白い。主人公を特徴づけるアイテムになっており、そういう意味では武器といえるのかも。

以降は多少ネタバレになってしまうのだが、本作で良いと思ったのはハッドが最後まで一匹狼を貫いたこと。シバなどわずかな理解者こそいたものの、最後まで彼は孤軍奮闘だった。先週見たコルブッチについてのドキュメンタリーでも触れられていたが、これは徹底して群衆・集団というものに懐疑的だったコルブッチイズムの極みである気がする。ハッドが無法者であることは間違いなくバンバン銃撃戦を繰り広げ悪漢たちを殺しまくるのだが、本作ではそれ以上に金を奪われた腹いせにリンチを行った「普通の人々」の行いを醜く、危うく描いている。終盤のあるシーンで、彼らを見下ろすハッドの表情には人に対する深い失望のようなものがうかがえ(故郷の人たちだしね)、わかりやすい魅力的な悪役との戦いとはまた違った感動を与えてくれる。
そんな本作だが、最後にとんでもない展開が待ち受けており、ここの絵面だけでかなりインパクトがある。また窮地に立たされたハッドがどう乗り切るかも見物で、しっかりと本作を印象づけるシーンを用意しているあたり流石コルブッチだと思った。終わり方も渋い。ちなみに本作のロケ地はマカロニではお馴染みのスペインではなく、フレンチ・アルプスで撮られたとのこと。緑草が生い茂る高原のようなビジュアルなど、画的にも印象に残る。

乾いた感じのない、自然に瑞々しさがあるロケーションが
他のマカロニ作品と違うのも見所。

というわけで、コルブッチ作品の中でもテーマがわかりやすく、復讐劇を貫きながら様々な要素で楽しませてくれる作品。前述のようにロケーションが変わっていたり、コルブッチ作品には珍しくお色気的な要素が強めだったりと異色さもある。最初こそ静かに復讐の炎を燃やすニヒルでタフな男ハッドが、終盤では身も心もボロボロになっていくのがヒロイックでよかった。エンドクレジットのBGMは、マカロニっぽさがなくて逆に耳に残る。

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