映画感想「続・夕陽のガンマン」

1966年のマカロニ・ウエスタン。セルジオ・レオーネ監督作品。
クリント・イーストウッドを主役に据えた「ドル箱三部作」の三作目。原題は「Il buono, il brutto, il cattivo」、英題で「The Good, The Bad and The Ugly」、訳すと「善玉・悪玉・卑劣漢」。邦題は「夕陽のガンマン」の続編みたくなっているが、続きものではない。昔は副題として「地獄の決斗」がついていた。
ストーリーは、原題の「善玉」と「悪玉」と「卑劣漢」の三人が、南北戦争時代、南軍の兵士が隠した大量の金貨をめぐって争い、ときには手を組み、また裏切りながらお互いを出し抜いていく。「善玉」はクリント・イーストウッド演じる名無し。劇中ではブロンディ(金髪)と呼ばれている。「悪玉」エンジェル・アイを演じるのは「夕陽のガンマン」でもうひとりの主役だったリー・ヴァン・クリーフ。そして「卑劣漢」トゥーコを演じるのはイーライ・ウォラック。西部劇「荒野の七人」で盗賊の首領を演じている。

むさ苦しい男の顔のどアップ、そして直後に荒野の引きの画と、レオーネらしいカットで始まる冒頭。
集まった男たちが寂れたサルーンに入っていくと、銃声が続いた数秒後、窓を割って飛び出してくる男、トゥーコ。そしてその後に出る「卑劣漢」のアイキャッチ。

続いて場面は変わり、一軒家を訪れるエンジェル・アイ。彼を見た途端、家の主人の顔が青ざめる。ただならぬ空気を漂わせた訪問者に妻と子どもは部屋に引っ込み、主人はそのまま食卓に腰掛け向かい合って飯を食べることになる。その間、何も言わず鋭い視線で主人を見るエンジェル・アイ。場面が変わってからここまで、誰一人会話がなく進んでいく。

こんな眼力あるおっさんが無言で向かいに座ってきたら、飯の味なんてしないだろうなー。

エンジェル・アイは依頼を受け、主人からある男の情報を聞き出し、さらに主人を始末しにきたのだ。主人は知っていることを話したあと、「いくらもらった? 倍出すぞ」と金を見せて買収を試みるが、「受けた仕事はやり抜くのが俺の主義だ」とエンジェル・アイはその主人を撃ち殺し、さらに彼の金も奪って家を去る。雇い主のところに戻ったエンジェル・アイは、主人から仕入れた情報を伝えたあと、「殺す前に依頼を受けた。受けた仕事はやり抜くのが俺の主義だ」と、雇い主を殺してしまう。そして出る「悪玉」のアイキャッチ。プロ魂というより、金の話を聞いて情報を知る者を消して自分で手に入れることにしたのだろう。なるほど、これは確かに悪いやつである。

また場面は変わり、トゥーコに戻る。各地で悪事を重ねたトゥーコの首には賞金がかかっている。賞金稼ぎに襲われたトゥーコを助けたのは、イーストウッド演じる賞金稼ぎの「名無し」ことブロンディ。しかしブロンディはトゥーコを保安官のところに突き出し、賞金を手に入れてしまう。絞首刑に処されるトゥーコ。首に縄をかけられ、体を支える馬がムチで叩かれ逃げようとする瞬間、首にかかった縄をブロンディが狙撃して切る。二人は、トゥーコが賞金首として捕まりブロンディがその賞金を得、絞首刑のときに縄を切って逃し、あとで賞金を山分けするという賞金詐欺を行い各地で稼いでいた。

縄を切る方と縄をかけられる方。

しかし、毎度「縄をかけられる方」のトゥーコは、自分のほうが体を張っているのに取り分が同じなのはおかしいと不満を漏らす。結果、次の場所での「仕事」を最後に、ブロンディはトゥーコを荒野に置き去りにする(ここで「善玉」とアイキャッチが出るのはどうかと思うが)。

この強調的なアイキャッチは、前作「夕陽のガンマン」からよりキャラクターものとして制作されているということをうかがわせる。「荒野の用心棒」ではイーストウッド一人、「夕陽のガンマン」ではリー・ヴァン・クリーフと二人体制になり、今作ではその二人にイーライ・ウォラックを加え三人になっている。回を追うごとに主役が増えていくのは些か安直な感もあるが、わかりやすくインパクトはある。
ブロンディは相変わらずのニヒルな名無し、エンジェル・アイは冷酷な悪漢役で、どちらもクールでストレートに「格好良い」役なのだが、イーライ・ウォラック演じるトゥーコは前者二人と違い、とにかく口喧しいし息を吐くように嘘をつく。弱者には強く出て強者の前では媚びへつらい、その強者がひとたび弱みを見せれば容赦なく裏切るというまさに「卑劣漢」。受けた仕打ちは忘れない執念深い男でもある。小太りでひげのオッサンが子どもみたく喚き散らし、口汚く相手を罵り続けるさまは格好良さのかけらもない。しかしトゥーコのキャラクターが強烈すぎるのとは別に、この映画は実質彼の視点で描かれる。
トゥーコが二人と違うのは、過去が描かれない二人に対して彼だけは生い立ちに触れるシーンがあることだろう。なにかと十字を切るクセや、悪の道に入るきっかけ、また病的な嘘つきである理由などが、ある人物との対話を通して示唆される。どうしようもない男が実は繊細で、その彼に多少なりとも同情の余地と人間味を与えるとともに、どれだけ堕ちて情けない姿を晒しても決して諦めないゴキブリのようなしぶとさが、逆にたくましく思えてくるのだ。

さてキャラクターばかりで肝心のストーリーについて触れていなかったが、冒頭でエンジェル・アイが追いかけている男は、北軍から奪った大量の金貨をどこかに隠したらしい。今の名前はビル・カーソン。南軍におり、眼帯をしているという。一方、ブロンディに見捨てられたトゥーコは生き延び、復讐の炎を燃やしている。トゥーコはブロンディを探し出し、自分が荒野で置き去りにされた苦しみを味わわせようと砂漠へ連れ出し、強い日差しの中で水も食料も与えず歩かせ続ける。
そしてボロボロになったブロンディが遂に死にそうというところで、その砂漠を騎手のいない南軍の馬車が通りかかる。乗っていたのは負傷し、すでに死に際にある「眼帯の男」ビル・カーソン。
そう、ここで二つの物語が一つに繋がるのだ。

眼帯の男はトゥーコに水を求め、その見返りに大量の金貨を埋めた場所を話そうとする。その墓地の名前が「サッドヒル」であるところまで聞き出したトゥーコだが、最終的に墓地のどこに埋めたかを聞いたのは、彼ではなく瀕死のブロンディだった。眼帯の男はトゥーコに話すことなく息絶えてしまう。トゥーコは殺すつもりだったブロンディから金貨を埋めた場所を聞き出そうとするが、強かなブロンディは喋らない。
結局トゥーコはブロンディを助け、「どの墓地か」を知る者と「墓地のどこに埋めたか」を知る者同士で再び手を組み、金貨を手に入れる旅に出る。二つの情報がなければ金貨は手に入らないからだ。ここに、同じ金貨を狙うエンジェル・アイが絡んでいく。
この物語の面白さといえば、「金貨の在り処」という情報を相手からどう手に入れようとするかという駆け引きと、強者と弱者の立場や、手を組む相手がそのときどきによって入れ替わるところだ。使うのは腕ではなく頭である。ここは「荒野の用心棒」から一貫した要素だろう。お互いが腹に一物持ちながら協力するが、優先するのは自分の利益。かと思えば、ある出来事で傷心のトゥーコにブロンディが葉巻を差し出すなど、感傷的な場面もある。

互いに殺しかけた相手でありながら、手を組んだりこういうことをやらせる持っていき方がうまい。

また、今作で最もスケールの大きなシーンは、南北戦争をストーリーに絡めたその最大の山場として用意された、北軍と南軍が戦うところだろう。砲撃の爆破と爆音、銃声がそこかしこで響き渡り、大量のエキストラの兵士たちが引いたカットの中をひしめき合う。特にレオーネは「荒野の~」から広さやスケールの表現に拘っているが、戦闘シーンの他にも荒野、砂漠、峡谷などとにかく広大なカットが目白押しで、それまでの作品や他のマカロニ・ウエスタンに比べると一つ抜けている気がする。

そして、旅の終着点であるサッドヒル墓地のシーン。くぼ地一面に立てられた膨大な数の墓標の美しさはもちろん、そこでかかるモリコーネの名曲「Ecstasy of Gold」(メタル好きならメタリカがカバーし、演奏し続けていることで有名だろう)がまた素晴らしい。金貨を埋めた場所を探して駆け回るトゥーコがなぜか女の子っぽい走り方なのもまた見所(?)だろう。ここで行われる決闘も、決着がつくまでの数分間は一切セリフがない緊張感あふれる演出である。オチもまたいい。

サッドヒル墓地にて、三人が揃うシーン。

他の見所としては銃器の描写で、西部劇ではお馴染みのコルト・シングル・アクション・アーミーが使われていないこと。というのも南北戦争の頃はまだ登場していない銃だからである。Wikipediaを見ても、各キャラクターはその時代にあった銃を使用しているとのこと。当たり前といえば当たり前の設定考証なのだけど、低予算かつ面白さ至上主義のマカロニ・ウエスタンでちゃんとしていると、おおっと思わせる。
トゥーコがガンショップに押し入り、色々な銃のパーツを組み合わせてカスタム銃にするシーンなど、拳銃が結構アップで映ってマカロニ特有の真鍮トリガーガードなどがよく見えるのもよい。
他に感じたのは股引を履いて、首から拳銃を紐でぶら下げたトゥーコの姿がお守りをぶら下げた寅さんみたいだなと思ったのと、猫と戯れるブロンディで和んだこと。

砲撃が飛び交う中でのワンシーン。帽子の中から顔を出す仕草がかわいい。

自分はマカロニ・ウエスタンに嵌ったかなり初期に一度観ていて、そこから「夕陽のガンマン」「荒野の用心棒」と遡るように観てしまったのだけど、やっぱり順番に追っていくのがよい観方のように思える。今回また観たが、やはり予算があるとスケールが段違いで、印象的な画作りという点でいえばマカロニ屈指だろう。
特に決闘の舞台となったサッドヒル墓地は、映画撮影後に放置され荒れ地となったところを、ファンが現代に蘇らせ、その様子が「サッドヒルを掘り返せ」(2017)というドキュメンタリー映画になるほど。架空の土地がこれほど愛されるというのはすごいなあと思った。

画像:©1966 United Artists, MGM

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