映画感想「新喜劇王」

2019年のコメディ映画。監督は「少林サッカー」「カンフーハッスル」などが有名なチャウ・シンチー。1999年に自ら監督・脚本・主演を手掛けた「喜劇王」のセルフリブート作品となる。本作では監督は役者として出演せず、新人女優エ・ジンウェンが主役を演じる。役者になる夢を追い続ける主人公、という役どころは同じながら、性別も変わり物語も大きく書き換えられている。Amazon Prime Videoで視聴。直前に旧作「喜劇王」も観ているので、そちらと比べながら感想を述べたい。

物語は、ダニー・チャンの「疾風」に合わせておばさんたちがダンスを踊るというシュールなオープニングから始まる。幼い頃に観た作品に感銘を受け、役者を志すことにした主人公のモン。しかし30歳になっても日の目を見ないまま、エキストラの仕事で食いつないでいた。夢に向かって邁進を続けるモンだが、家族は彼女が今の生活を続けることに大反対。ある夜、話を聞かない娘にとうとう激昂した父親が包丁を振り上げるが、モンは「ダメダメ! 今の演技はベタすぎる。もう一回やって」という役者バカっぷり。
家を追い出されたモンは、彼女の夢に理解を示す彼氏と同棲生活を送り、端役で得た少ない稼ぎの中から結婚資金を積み立てつつ、役者になるという目標に向かって奮闘し続けるのだが、ここからさらに過酷で非情な現実が待ち受ける……といった具合。

チャンスを掴もうと頑張るも、報われずに現場で怒鳴られてばかりの主人公モン。
それでもめげない健気ないい子、といっても新人ではなくエキストラ歴十数年のいい年である。

旧作「喜劇王」についても、ざっとあらすじを紹介しておこう。主人公はシンチー演じるワンで、公民館の職員をしながら役者を志す男。チャンスを掴もうと空回りするあまり撮影現場を出禁にされたり、「仕事はない」というエキストラ事務所に執拗に食い下がったりと、若干狂気を感じる役者バカっぷり。いくら頑張ってもものにならない様と並行しながらも、パブで働くスレたヒロインとの恋愛シーンが、笑いを交えつつとてもいじらしく丁寧に描かれる。たまたま別作品の撮影で近くにいたジャッキー・チェンもカメオ出演している(これが「んなわけねーだろ」という役でまた笑える)。

本作は役者バカという点では同じだが、旧作と比べるとストーリーはおろか、各々のシーンに至るまでほぼ別物。主人公が大事に持っている「俳優修業」というスタニスラフスキー(ロシアの演劇人)の著作本といった小道具が共通していたり、劇中で旧作「喜劇王」が作品として存在していたり、旧作にあった「台本を取り上げられるが最後まで掴んで離さない」シーンが別の人物、シチュエーションで使われていたりと、旧作を知っている人にはさり気ない小ネタとしてある程度で、こちらだけ観てもほぼ問題はない。
個人的には、旧作よりも本作「新喜劇王」のほうが「夢追い人の物語」として間違いなくまっとうだと思う。旧作は旧作で面白いし良いところはたくさんあるのだが、最後の展開の追い詰め方がそれまでに比べあまりにも非現実的過ぎて、「努力すれば夢は叶う(もしくは叶わない)」の話でなくなったと感じたからである。これは扱うテーマやメッセージに対して当時の監督に照れがあったか、それか否定的だったからかもしれない。
そこから20年の年月を経た本作「新喜劇王」は、それまでのチャウ・シンチー節はそのままにより広く大衆に向けた作品になっている。旧作から一番大きく変化した点は、夢追い人である主人公だけでなく、彼女に関わる人々の目線が描かれている点。いい年して夢を諦めきれない子を見る親の目線や、夢を生きがいにできなかった者からの羨望の目線、俳優になった者から見た、未だ道半ばの彼女に対する目線など、目標に向かって奮闘する当人以外の目線で、夢を追う人を肯定し応援している。主人公の意思の強さだけでない、第三者視点を含んだメッセージになっていて良いと感じた。

そして、そんな都合のよいメッセージだけで終わらないのがチャウ・シンチーのバランス感覚である。劇中での徹底した主人公いじめに定評のある(?)シンチーだが、本作の主役のモンが控え目な性格である分、こちらの方がより悲惨さは強い。それでもギャグのように撮っているので、実際は惨めだけど面白おかしく見ていられるのだ。こういういかにも喜劇らしい見せ方もチャウ・シンチー流である。
そして、本作のもうひとりの主役というべき人物が、かつて人気アクションスターであったマー・ホーという男(ワン・バオチャンが演じている)である。久々の主演仕事にありついた彼だったが、プライドが高く傲慢でスタッフやキャストをぞんざいに扱いまくる(まあ、久々の主演作がなぜか男になった白雪姫役というトチ狂った内容なのはちょっと同情してしまうが)。出落ち感のある格好だがコレが実に良い演技で、かつてチャウ・シンチーが「食神」で演じた最低な主人公を彷彿とさせる。こうした人物にしっかりお灸を据える(ちゃんと笑えて痛快)のも、シンチーらしいところ。

若い監督の説明を受ける、ふてくされ気味なベテラン俳優マー・ホー。
春節向けファミリー映画「白雪姫 血のチャイナタウン」の撮影現場。

クライマックスはベタベタな流れながら、それまでの追い込まれっぷりがフラッシュバックするようにうまく作られておりグッと来る。起死回生の一手として選んだ「武器」がひとつだけなのはちょっと押しに欠ける気もするが、グッと来る部分はその直後のシーンに回しているし、その場の天丼ギャグと合わせてまあギリギリありかなという感じ。

というわけで、シンチー節はそのままに王道的な「夢追い人の物語」に進化した作品。辛い部分も笑って見られるよう配慮され、心に残るシーンやセリフもちゃんとある。旧作と両作品観た感想としては、本作のほうがより作品世界が現実的で、かつ物語の中で占める人との関わりが重要になってきている気がして興味深い。もちろん、本作だけ観てももちろん面白い。特にモンの父親、そしてマー・ホーは本当にいいキャラだった。誇張されたキャラクターやインパクトあるギャグに目がいきがちだが、人物の心情の描写がうまく、ちゃんと感情を揺さぶる話を作るのがチャウ・シンチー監督なのである。
シンチー流のギャグが大丈夫なら、笑えて元気になれる作品なのでおすすめ。字幕で鑑賞後に吹き替え版もちょっと見たが、声優の演技で感情がよりわかりやすく表現されており、翻訳が遊びすぎているもののコレはコレで良かった。

画像:© 2019 The Star Overseas Limited

Amazon Prime Video(字幕)
https://www.amazon.co.jp/dp/B08F3T53JW

Amazon Prime Video(吹き替え)
https://www.amazon.co.jp/dp/B08F3SY5N9