映画感想「ヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男」

2018年制作のアメリカ映画。サム・エリオット主演、ロバート・クシコウスキ監督作品。Amazon Prime Videoで視聴。
人によってはタイトルだけで最高じゃんとゲラゲラ笑うか、低俗だと敬遠するかに分かれそうな映画だが、どちらにとってもタイトルやあらすじからは想像もつかない内容になっている。製作総指揮にジョン・セイルズ(「ピラニア」などの脚本家。自主制作監督として有名)、ダグラス・トランブル(「2001年宇宙の旅」「ブレードランナー」などで特撮を担当)など、何気にベテラン揃いな作品。

さびれたバーで一人酔いつぶれる老人の姿から物語は始まる。老いてなお鋭い眼光は、この人物がただものでないことをうかがわせる。老人の名前はカルヴィン・バール。彼は昔のことを思い出していた。第二次世界大戦中のナチス・ドイツ軍に、彼が潜入したときの記憶である。SS将校の格好をした彼はある建物の入口で所持品検査を切り抜けると、その奥の廊下で歩きながら酒のボトルや万年筆、ベルトのバックルなどを組み合わせ即席のサプレッサー付き拳銃を組み立てる。ほぼセリフがないまま進行していくので、持ち物検査係の表情やカルヴィンの仕草に否が応でも注目してしまう。のっけから凄いシーンである。

空を爆撃機が飛ぶ中、屋敷の廊下を緊迫した様子で歩いていく。
カメラのカットがいちいちカッコいい。

そしてカルヴィンは標的がいるであろう部屋に足を踏み入れるのだが、そこで外出していたバーの店主にを叩かれて回想は終了。
彼の様子を見かねた店主は「元気がないな。旅行でもしたらどうだ」と声をかけるが、カルヴィンは「そこで幸せな余生を送れといいたいんだろう? この安っぽいバーで酔いつぶれるよりはマシかもな」と自嘲気味にやり返す。このあと店を出た彼は、車に乗ろうとしたところでチンピラ3人に囲まれ、刃物を突きつけられてしまう。最初は特に抵抗することもなく車のキーと財布を渡すが、あることをきっかけに反撃を開始。流石、かつて戦争をくぐり抜けた男だけあり、流れるような鮮やかな動きでチンピラたちをぶちのめす。最後に相手が使った銃を、自分の指紋を拭き取りながら分解してすぐに使えなくする辺りまさにプロの仕事。非常に痛快なシーンである。

なるほど、元気のないおじいちゃんが実は超凄腕で……というシルバー世代大活躍アクションなのかと思ってしまったが、実際のところはすぐに大きな事件が起こらないまま、彼の現在の日常と過去の回想を交互に描きながら進んでいく。
孤独な老人カルヴィンは、ふとしたことからすぐに昔のことを思い返す。戦争中のヒリヒリしたシーン、かつての恋人と過ごした日々など、それら若い頃の記憶を今もなお忘れることなく思い返す様子は、なかなか切ない。彼は自宅にずっと小さな箱をしまっており、いつもそれを開けようとしては思いとどまっている。
そんな彼も完全に孤立しているわけではなく、愛犬のラルフ(めちゃくちゃかわいい)が常にそばにいるし、近所で理髪店を営む弟のエドもいる。特にこのエドとの関係は、観ていてとても心に響く。カルヴィンが戦地に赴く直前、幼かったエドは自分の宝物であった小さな恐竜のブロンズ像を兄カルヴィンに渡しており、これが後にキーアイテムとして意味を持つ。
こうした老人の寂しい日常にかなり長い時間を割いた後、ようやく「ビッグフット討伐」編が始まるのである。

これは、ヒトラーとビッグフットの欲張りセットと聞いてウキウキしながら視聴した(自分を含めた)人間に冷水をぶっかけるような話作りである。
そもそも、史実では自殺したヒトラーを「ワシが殺した」としている部分からして、真面目なものを作っているとは予想しないだろうし、さらにこの作品のあらすじでは「カナダの山中に発見された幻の未確認生物ビッグフットが、半径80kmの生物を全滅させる殺人ウイルスを持っている」というトンデモなことが書かれている。しかし映画自体は極めて真剣なトーンである。
ヒトラー暗殺については、実のところ史実の改変ではなく無理のない理由付けとなっていることがわかり、現実的な物語から逸脱はしていない。とはいえ、殺人ウイルス持ちのビッグフットが現実的な話とも思えない。真面目に受け取ろうとすると興冷めしてしまいそうになるが、これにもちゃんと理由がある。
一つは、主人公が単身カナダの森に侵入してビッグフットを仕留めるという状況を作り出す舞台装置なのだろうと推測することができる(因みにカルヴィンは、そのウイルスに免疫があるということで声をかけられた)。なぜそんな必要があるのかというのも、また映画を観ていればわかってくる。

カナダの大自然の中、ビッグフットを追い詰めるカルヴィン。
銃を構える様がキマっている。シブい。

決定的なのは、ビッグフットの糞をカルヴィンが調べて一言つぶやく場面。自分はそこでそれまでの謎が一気に解けていき、とらえどころのない映画だという考えを改めた。そして、なるほどこれはビッグフットでなくては駄目だと確信したわけである。
これは、表層で起こっていることの意味を考え繋げていくと、シーンの意図とメッセージが浮かびあがってくる、そういう類の作品なのだと思う。また、意図や心情を敢えて見せたり語ったりすることもない。自分の解釈が合っているかはわからないが、それ以降の展開と結末にもほぼ矛盾や疑問はなくなり、まったく納得がいくし理解ができた。

というわけで、タイトルやあらすじから予想できるものとは打って変わって重厚で激渋な作品である。何より、敢えて何もかも見せない、語らない。でも気づかせる、という表現方法がカッコいい。これは言うは易し行うは難しで、誰でも簡単にできるものではない。
それだけでなく、ビッグフットの造形などにも手は一切抜かれておらずなかなかキモいし、元軍人とはいえおじいちゃん一人と人間離れした身体能力を持つビッグフットの死闘は凄惨で迫力がある。時間も97分と短めなので、気になった方は是非。

画像:© 2018 MakeShift, LLC

Amazon Prime Video
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