映画感想「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」

2014年公開の作品。主演マイケル・キートン、監督はアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ。
アカデミー賞4部門受賞をはじめ、その他の映画祭などでも賞を撮りまくった作品。Amazon Prime Videoに追加されたので視聴。
「バードマン」というワードからしてヒーローかキャラクターもののようにも取れるが、しかし後に続く文がなんとも取っつきにくさを与えている。これは原題も「Birdman or (The Unexpected Virtue of Ignorance)」。正直、タイトルからどんな内容なのか想像するのは難しいと思う。

この映画の主役リーガン・トムソンは、かつてコミックヒーロー映画「バードマン」シリーズで主役を演じたスター俳優。しかしそれ以降はぱっとしない、いわゆる一発屋。プライベートでは妻とは離婚、今でも顔は合わせるものの良い関係とは言い難い。一人娘は非行に走り、薬物のリハビリ施設を出たばかり。自分の付き人をさせているが、リーガンは自分のことばかりであまり構っていない。
そんな彼が、役者として映画ではなく舞台劇で再起を賭けようと奮闘しているところから物語は始まる。

本作を見てすぐに気づくのは、いわゆる「ワンカット」のカメラ。この映画、序盤から終盤まで、カメラが途切れることなく延々と続く。アカデミー賞撮影賞受賞というのもうなずける、執念の長回し映画なのである。こういう手法に拘った作品は実験的と捉えられがちだが、場面転換はもちろん、大きな時間経過までもワンカットのまま行っているものの、その表現は実験的と呼ぶにはあまりにも洗練されているレベル。カット割りのある、いわゆる普通の映画と同じレベルで内容を楽しむことができる。
たとえば、暗い通路を歩いているうちに時間が経過していたり、ある場所から空を映し、それが地上に戻ると別の場所になっていたり、思いつめた状態のときに見た空想的なイメージへカメラが近づいていくと、それがそのまま翌日の出来事になっていたりという具合なのだが、とくに3番目など一歩間違えば違和感だらけになりかねない表現を、絶妙な配置と演出で違和感が生じないように見せようとしている。このへんはぜひ実際に見ていただきたい。
ここまで途切れないことに拘るのは、演劇が場面の転換、時間の経過を一つの舞台という枠の中で行うように、この映画も一つのカメラという枠の中で物語を見せきろうとしたのではないかと思う。同時に、この驚くほど長大なカットに、まさしく人生の一幕という意味を持たせようとしたのかもしれない。それゆえに、「カットが途切れる」場面もまた重大な意味を持たせている。

とにかくその視点移動の鮮やかさに、カメラのバトンそれ自体が一つの関心事になってくるのだが、カメラがメインとして捉えた人物にはしっかりスポットが当たり、人生が垣間見える脚本になっているのも凄い。中でもリーガンに次ぐメインキャラクターがマイクだろう。怪我をした元々の役の代理として推薦された若手の俳優で、役にのめり込む演技力と才能の持ち主だが性格に難ありの傲慢男。本番前のプレビュー公演(本公演前の試験公演)中、小物の酒を彼が勝手に本物にしていたのだが、リーガンがそれを途中で水にすり替えたことに激怒し、舞台の上で喧嘩を始めてしまう。

舞台の上で役を忘れてつっかかるマイク。おかげでプレビューは台無しに。

他にも自分勝手なことをしてさんざん劇団を引っ掻き回すのだが、カメラが彼を追っている間、彼の悩みや苦悩など、別の一面が垣間見える。生き生きとした登場人物たちの人生を見ていると、物語は主役一人でできてるわけじゃないんだなあという、至極当たり前のことに気付かされるわけである。
とはいえ、この作品はやはりリーガンの物語である。プレビュー公演が始まる前から本公演とその後少しという短い時間の中で、それまで彼が抱えていた人生の問題がフルコースのように襲ってくる。潰れてしまいそうになりながらも一縷の望みを託して劇に挑む姿がグッとくるし、そんな深刻な状況にも関わらず終始ドタバタした展開や登場人物とのやり取りなど、ユーモアがあって笑える。まさに喜劇のような話で、カメラに区切りがないこともあって2時間があっという間に時間が過ぎていく。

そして、もう一つ特徴的なのは、きわめて現実的なストーリーでありながら、要所要所でその境界があやふやになるところだろう。そもそも、この作品最大の長回しは、胡座をかいた状態で「宙に浮く」パンツ一丁の主人公に始まり、念力で物を動かしたりするシーンという設定としてリアルとかけ離れた画を見せるのだ。
物語が進むと、とうとう「バードマン」が姿をあらわす。さらにカットを使わない時間経過の演出方法が、映っているものに対しどこか一歩引いた視点へといざなってくれる。

リーガンにまとわりつき、色々と吹き込むバードマン。現実か、空想か。

この「現実なのか空想なのか」という見せ方は、マーティン・スコセッシ監督の「キング・オブ・コメディ」が有名だが、しっかり劇中でもスコセッシの名前を出しており、意図した演出であることがうかがえる。音楽の使い方も、現実シーンはドラムのみ、劇中劇のシーンや空想が入ったところでは盛大な劇伴となるという基本的なルールがある。これがメリハリが効いており、盛り上がるところで非常に盛り上がるのだ。

というわけで、長回しという手法を撮りかつ内容もめちゃくちゃ面白いという、一本の綱の上で3回転、4回転スピンジャンプするような超絶技巧的作品。物語終盤の、追い詰められた状態から本公演に望む主人公の鬼気迫る様子もまた素晴らしく、その面構えは震えるほどかっこいい。自分は最初字幕版で観たが、劇中劇をはじめセリフが重なるシーンがあるので、あとで見直した吹き替え版のほうが個人的にはわかりやすかった。

画像:© 2014 Regency Enterprises

Amazon Prime Video(吹き替え)
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B012UWE9QG/