映画感想「パコ・デ・ルシア 灼熱のギタリスト」

2014年公開のドキュメンタリー映画。日本公開は2016年。
2014年に急逝したスペインの伝説的ギタリスト、パコ・デ・ルシアの生涯と音楽性に迫っていく内容で、公式サイトによると監督のクーロ・サンチェスはパコの実子であり、他にも親族が制作に参加しているとのこと。映画は「ボヘミアン・ラプソディ」や「ロケットマン」のように脚色された物語性のあるものではなく、当時の写真やライブ映像などを差し込みながら、晩年の本人や関係者らのインタビューで淡々と綴っていく。
劇中BGMはパコ本人や他アーティストの演奏によるフラメンコギターやスペイン歌謡で、時折挟み込まれるスペインの風景などもあわせてこれが非常に心地よい。

パコ・デ・ルシアはアルヘシラス(アンダルシア地方カディス県の港町)で生まれる。正式な名前はフランシスコ・グスタヴォ・サンチェス・ゴメスで、パコはフランシスコの愛称。スペイン南部には同じ名前が多いため、母親の名前ルシアをとって「ルシアの子パコ」としたらしい。
家は兄弟も多く極貧生活だったが、父親は昼の仕事とは別に夜はギターを手に酒場回りをして稼ぎの足しにしており、またフラメンコが家族(風土)の娯楽として存在したためにパコは幼い頃から常に音楽に囲まれて育ったようである。
初めてギターを手にしたのは7歳で、幼少から才能、特にリズム感に優れ、父親にリズムの狂いを指摘するほど。確かに、パコの演奏はあれだけ細かい速弾きにも関わらず音が詰まる感じがなく、さらに音の強弱が特徴的というか、強い音が「ドン!」と叩くように本当に強い。セッションのときや若いアーティストにアドヴァイスするときも、特にリズムに関して指摘をする場面がある。

なめらかな指の動きはもちろん、速弾きの刻むような正確さと音の強弱がスゴイ。

12歳で兄ぺぺと一緒にレコードを出し、さらにフラメンコ・ダンサー、ホセ・グレコに誘われ彼の一座として渡米。初めて人前でのソロ演奏後に観客が指笛を鳴らすのを見て、怖くなって舞台袖に引っ込んだ、という話が面白かった(スペインで指笛は「引っ込め! 下手くそ」という意味なんだとか)。
若くしてフラメンコの重鎮サビーカスにも称賛されるなど、天才エピソード満載でどんどん世に出ていくのだが、本人はおとなしい性格かつ完璧主義で、ひたすらストイックに自分の音楽を追求していく。この辺りから、パコ・デ・ルシアを取り巻く環境が徐々に変わっていく。

自分は知らなかったのだが、若い彼が活躍した時代、フラメンコの音楽的な立ち位置はスペインでは誰もが愛するポピュラーなものではなく、むしろ大衆音楽とはジャンルの違う、伝統芸能に近いものだったようである。少なくともパコはそう捉えているようで、当時のインタビューでインタビュアーが他のミュージシャンの名を挙げ、「どうして君は彼らほど有名じゃないんだろう?」と尋ねたところ、それに対しパコは「当然ですよ。フラメンコの聴衆は限られており、多くの大衆は無関心です」と発言している。
さらにフラメンコ界には古典楽曲や決まった音楽の型だけではなく「歌手よりギタリストが目立ってはいけない」というような不文律があるようだが、パコ自身が活躍していくことで、どんどんその枠外へと飛び出していってしまう。
純粋に自らの音楽性を広げるパコの姿勢はフラメンコ界から「あいつはフラメンコギタリストじゃない」と批難を浴びるようになっていき、かつて彼を褒めてくれた巨匠サビーカスも「(演奏を聴いて)気分が悪くなって劇場を出た」と嫌悪を露わにする。さきほどの「フラメンコは大衆音楽ではない」というような発言も、そうした厳格で閉鎖的な世界からすると大いにバッシングされただろうと推測できる。

一時的に活動休止などしながらも、パコは自分のスタイルを変えなかった。いろいろなミュージシャンと共演し、特にジャズ・フュージョンなどの要素をフラメンコに取り入れていく。実は自分がパコ・デ・ルシアを知ったのも、フュージョンギタリストのアル・ディ・メオラとの共演がきっかけだったりする。
その革新的な姿勢は他ジャンルのミュージシャンから絶賛される(個人的にカルロス・サンタナが出てきて「おっ」てなった)。それは巨匠として評価されるようになってからも続き、顔つきや風体はまさに求道者の境地といったといった感じで、晩年も老眼鏡をかけ自分で機材の基盤を入れ替えたり、猫背気味にパソコン画面を見ながら録音編集をしており、本当に音楽が好きなんだなーというのが伝わってくる。

観ると「フラメンコ・ギターの巨匠」と一言で括れなくなる、パコの音楽への静かだが熱い情熱が感じられる一作。ただ流れる音楽を聴いているだけでも良い心地になれると思う。
映画の終盤、かつてはパコを否定したフラメンコの重鎮サビーカスが、彼について語るところがよかった。

画像:© 2014 Ziggurat Films S.L.

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