映画感想「すばらしき世界」

2021年公開の日本映画。実在の人物をモデルにした佐木隆三の小説「身分帳」を原案にした作品。主演役所広司、監督は西川美和。Amazon Prime Videoにて視聴。

ストーリー

旭川刑務所を出所した三上正夫は、それまで暴行、殺人など凶悪な犯罪で都度逮捕され、人生の大半を刑務所で過ごしてきた男。そんな彼の犯罪に至る経歴や入所中の態度などが書かれた「身分帳」は積み上げれば1メートルほどになるという。そんな経歴の三上に目をつけたテレビディレクター吉澤が、テレビ会社をやめ作家を目指すかつての部下である津乃田に「三上の生き別れた母を探すことを条件に番組を作るから、取材してほしい」と頼む。津乃田は渋りながらも、自身の不安定な生活や送られた身分帳に興味を持ち、取材を引き受けるのだが……というのが序盤。

感想

なかなかずしりと来る映画だった。主役の元殺人犯、三上を演じるのが役所広司なのだけど、やはりというべきか本当に演技が凄い。三上という男は劇中で「瞬間湯沸かし器」といわれるほどすぐカッとなる性格。なのだけど、本人は人を人とも思わない生粋の悪人ではなく、普段は情に厚く心根の優しい男である。ただ曲がったことや理不尽に一切我慢ができない。むしろそれまでの犯罪も、そうしたことが原因でブチ切れた末の犯行だったのだ。とにかく見所の一つは「一見穏やかそうな男三上のスイッチが入る瞬間」で、それまでと同じ表情のまま剣呑な言葉が飛び出し、徐々にヒートアップしていく。そのグラデーションが自然で、カメラなどの演出も相まってとてもよかった。

「おい。今言うたこと、表でゆっくり聞かしてくれんね?」
長崎生まれの役所の九州弁も相まって余計に迫力があって怖い。

本作の物語は、刑期を終え出所した三上が、周囲の人々の温かいサポートを受けながら社会で立ち直ろうとしていく物語という描き方をしている。そこへ立ちふさがるのが社会の理不尽であるのだけど、決して「社会が冷たいから犯罪者の再出発は難しい」とか「はみ出し者が可哀想。優しくしよう」みたいな安直な話にはなっていない。むしろ三上自身、やった犯罪をまったく反省していなかったり、ちょっと無理筋な理屈で情に訴えたりと「俺は悪くない。相手(社会)が間違ってる」という思考で、完全な善人とはいい難い。このバランスはすごくいいし、三上をより人間臭くしている。
というか、実は真の主役は三上ではなく彼を取材することになった津乃田である。元々テレビマンだった彼は何らかの理由で仕事をやめており、作家の夢を追って努力してはいるが決して社会的に認められた立場ではない。元犯罪者の三上を社会の側から取材する立場でありながら、実際は三上と同じで社会からこぼれ落ちた側の人間なのだ。もちろん津乃田は犯罪者ではなく、三上とは決定的に住む世界が違うが、同じように社会に生きづらさを感じている。象徴的な場面が、津乃田が三上と吉澤を引き合わせて焼肉を食べた日の帰りである。親父狩りの現場を目撃した三上が、襲われていた親父を助けてチンピラたちと喧嘩になる場面である。おろおろする津乃田に対し、吉澤はカメラでその場面を撮ることを命じるのだ。

三上とチンピラの喧嘩を撮影するように津乃田の手を押さえる吉澤。
社会で生きることと人として正しいことが交差する場面。

ここから津乃田、そして三上が躓いてきたものの正体に映画が向かっていくと同時に、普段我々が生きている社会の一面が明らかになる、なかなか強烈なシーンになっている。社会からはみ出さないようにするのと、社会に馴染み溶け込もうとする――実はどちらもそれなりに難しいし、我々が盲目的に本来の居場所だと信じている社会は果たしてそんなに真っ当なのか? それを形成する人々は無辜の民でいるつもりかもしれないが、果たして本当にそうなのか? というクレバーな問いかけをされているように感じた。

まとめ

というわけで、ヤクザの再出発物語に見せかけた、万人が抱える社会の生きづらさを描いた作品。といっても難しくはないし、三上を舐めてかかった相手が返り討ちに遭うシーンなど痛快さもあり、そこまで堅苦しくはない。「すばらしき世界」という題名も、皮肉に受け取れて素直にそう思えなくもない、観る人によって感じるものが変わる良い作品。

Amazon Prime Video
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