(ネタバレなし)映画感想「TENET(テネット)」

2020年公開のクリストファー・ノーラン脚本、監督、制作作品。
待ちに待った大作、しかも作家性の塊ノーラン印のSFである。主人公をジョン・デヴィッド・ワシントンが演じる。デンゼル・ワシントンの息子だそう。

冒頭、オペラハウスをテロリストが占拠する。テロ対策特殊部隊にいた主人公は制圧のために突入するが、仲間を救うためにテロリストに捕まってしまう。尋問の末に自殺用のピルを口に含むが死ねず、昏睡状態に。集中治療室で目覚めた主人公。彼を回収し治療したのは、「TENET」というワード以外のほとんどを明かさない秘密組織。主人公はその組織の工作員として、「核よりも恐ろしい」という危機(第三次世界大戦)を防ぐために工作員として目的不明の任務を請け負うことになる。

運転する協力者のニールと助手席に座る「主人公(Protagonist)」。実は主人公の名前は物語で登場しない。

まず、冒頭のテロシーンから釘付けになる。ほぼ満員だった一階の客席には、テロ制圧部隊が投げ込んだ催眠ガスで客たちがぐったり横たわっている。そこを戦場として、制圧部隊とテロリストとの撃ち合いが始まるのだ。このシチュエーション構築ですでに痺れてしまった。
映画自体は、スパイものとしての側面が強い。仲間や協力者は、現場でも後方支援でもただ完璧なチームプレイで主人公をサポートする。この完璧ぷりは、都合の良さを通り越してただ惚れ惚れする。
非合法での侵入や、素性を完璧に隠して目的の人物と接触するのは主人公の役目。落ち着き払ったその姿は近年の007シリーズを思わせ、もちろん、正体がバレるバレないのヒリヒリした緊張感もお約束である。そこに、ノーランが作り上げたSF設定と複雑なストーリーががっつり絡み合ってくる。このスパイ要素+SFは同じノーラン作の「インセプション」と同様であり、奇想天外な映像、物語の難解さなど共通する部分が多い。インセプションが夢なのに対し、「テネット」は時間を扱うのである。

そして、今作のキモである「時間の逆転(=逆行)」ギミックである。おそらくこの映画に興味がある方も前情報として「撃った銃弾が銃に戻ってくる」「テーブルの上の薬莢が手元に戻ってくる」といった事象が起こることは知っているだろう。初見では当然疑問符だらけになってしまうのだが、それを見越してか作中でも最初に「頭で考えてはダメ」と登場人物が言ってくる始末。

銃痕を見つめる主人公。「撃った結果がある」ということは……!?

だが、理解せずに受け入れるにしても、正数しか知らなかった子どもが負数という概念を学ぶのと同じように、時間の捉え方を刷新する必要があるだろう。映画の主人公もそれを呑み込み、馴染んでいく。最初はそれが観客の理解とリンクするように作られているのだが、映画の展開が加速するにつれ自分は理解がついていけず、遥か先へとおいてかれてしまった。
逆行現象は銃弾だけに留まらず様々なものがあり、それが順行(通常の時間の流れ)とかち合ったときに起こる様々な現象が次々と視覚化されていく。スケールはどんどんでかくなり、複雑化していく。そして登場人物たちの、その現象を彼らなりに推論づけ、持ちうる知識を用いて戦術を構築し、相手に対抗していこうとする。まるで科学者たちの科学実験による攻防だ。
結果が視覚的に面白いという保証付きの科学実験、これはワクワクするのも当然である。

というわけで、自分は「見たことがないものを見せてくれる映画」はそれだけで価値があると思っているので、この「物語のある空想科学実験」というべき今作は、一度で理解できずとも本当に楽しかった。そういう想像の産物を視覚化してくれる作り手であるノーランは替えが利かないし、追いかける理由になる。
また、こうした想像の産物をなるべくCGに頼らずに形にしてしまう姿勢も、ただスゴイとしか言いようがない。別にCGを下に見ているわけでもないけど、「インターステラー」で5次元空間のセットを作ったり、今作でいえば実物のジャンボジェット機を爆発させたりと、映像の中にあるものが実物で構成されていたと知ってから見ると、知らずに観るのとまた違った感慨があるのだ。

最後に、wikipedia情報によると「脚本についてマカロニ・ウエスタン『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト』から着想を得た」と書かれており、気になったので原文記事を翻訳にかけてみたのだが、内容をざっくり訳すと「いつも撮影のときクルーやキャストとトーンを合わせるために参考映画を上映するんだけど、今回はそれをやらなかった」「本当かはわからないけど、セルジオ・レオーネも『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト』を撮ったとき西部劇は見なかったんだとか。彼は自分の中の西部劇愛や映画全般への愛だけであれを撮った」「だからクルーやキャストにもそのとき内にあるもので取り組んでもらった」という、前後の文脈を含めると「テネットを作るにあたって007や他の映画を参考にしたか?」という問いへのアンサーで名前が出てきた模様。制作姿勢の話であり、内容についての具体的な引用というわけではなさそうだ。
まあ、主人公に名前がないなど、共通項を無理やり絞り出すことはできなくもないけど。

画像:https://www.warnerbros.com/movies/tenet © 2020 Warner Bros

TENET(公式)
https://wwws.warnerbros.co.jp/tenetmovie/index.html

Time to spy: On the set of Tenet with Christopher Nolan(「ワンス・アポン~」に関する記事)
https://www.gamesradar.com/tenet-christopher-nolan-set-behind-the-scene/