ドキュメンタリー感想「ペプシよ、戦闘機はどこに?」

2022年NETFLIX制作、配信のキュメンタリー。1995年のアメリカで実際に起こったペプシのキャンペーン広告を巡る訴訟とその結末を当事者らインタビュー形式で語る。知人に勧められ視聴。副題は「景品キャンペーンと法廷バトル」。

ストーリー

1995年。全世界でコカコーラが圧倒的シェアを誇っている中、後発のペプシコーラを販売するペプシコ(ペプシの会社)は画期的なキャンペーンを打ち出す。それはペプシのラベルについているポイントを必要数集めて会社に送ると、ロゴ入りTシャツや革ジャンなどのオリジナルグッズと交換できるというもの。そのTVCMの最後には(ペプシコいわく)ジョークとして「 ハリアー(戦闘機)、700万ペプシポイント!」というとんでもない景品まで出てくるのだった。
シアトルに住む20歳の大学生ジョン・レナードは、どうにかしてこのハリアー戦闘機を手に入れられないかと考えた結果、実際に700万ペプシポイントをペプシコ社に送りつけてしまう。冗談のつもりだったペプシコ側は当然ハリアーの支給を拒否するが、「CMにはどこにも冗談だとは記載されておらず、何の細則もなかった。支給すべきだ」とレナードも譲らない。結果、ペプシコは裁判所に「提供の義務はない」という確認の提訴を行い、レナードも「ペプシコには提供する責任がある」という訴訟を行う……というところが事件の流れ。

感想

この事件自体は日本のWikipediaにも「レナード対ペプシコ事件」として載っているほど有名な民事裁判事件(もちろん結末まで載っている)。ドキュメンタリーは再現VTRよりもインタビューがメインで、当のレナード本人、彼の友人で700万ポイント分の費用を出資した資産家ホフマンのほか、彼の訴訟に関わった弁護士たちや、更にその当時ペプシコ社の役員や広報担当、CM制作会社の担当などさまざまな人物が登場する。なおインタビューの際にはラベルを隠したコカコーラとペプシコーラの飲み比べをさせ、おそらく「どっちが美味しい?」と聞いて片方を選ばせるという遊びも行っており、関係者の反応も面白い。

ペプシコを相手に訴訟を行った、この事件の主人公ともいうべきジョン・レナード。
2023年現在は50歳手前くらいだが、体つきはがっしりしていて若々しい。

まず、レナードの情熱と行動力に驚かされる。700万ポイント分のペプシコーラと考えるとまあ普通はとんでもない額になるし、そもそもそれを実際にやろうとは思わない。そして彼は別に金持ちの息子でもなければ、湯水のごとく使える資産があるわけでもなかった。彼が目をつけたのは、「ハリアーの必要ポイント部分に何の細則もない」ことと、ハリアー1機の値段よりもペプシコーラ700万本分の価格の方がはるかに安いこと。「もし実現できれば、超安上がりでおそらく世界に二人といないであろう『ハリアーの所有者』になれる」というそれだけを理由に、この非現実的なプロジェクトを成功させようと試みる。それが本心なのかは本人の弁なのでわからないが、その一点だけを動機として行動に映すというのは純粋にワクワクするし、そうしたくなる理由も納得できた。
ここでレナードは登山を通じて知り合った資産家ホフマンを頼るのだが、このホフマンもクセのある人間で、ただ友人だからとか面白そうだからとかで金をぽんと出すわけではなく「事業計画書を作って俺を説得してみせろ!」と彼に試練を課す。レナードは700万ペプシポイントを集める具体的な方法やそれにかかる費用の計算、また一般人がハリアーを所有できるのかという当然の疑問などについて取り組んでいく。一つ一つをちゃんと説明してくれるので、観ている側は知識を得られる上にレナードの「ハリアーが欲しい!」というふわっとした夢が徐々にだが現実味を帯びていく感じがよかった。
また、訴訟が始まってからがこの事件の本題となるのだが、実際には彼は世間知らずの若造で、訴訟を起こしたものの戦う上での知識はゼロ。ここにホフマンの弁護士を紹介してもらうなど、裁判で戦うための仲間が登場するのだが、これもゲーム感があって面白い。仲間の中で特に強烈なのが、レナードの係争アドバイザーとして一緒に戦うことになるマイケル・アベナッティ。このインタビュー時にはナイキを脅迫したとして逮捕、自宅謹慎中というなかなかアレな人物で、彼の名前で検索すると色々(好意的でない)記事が出てくる。彼は訴訟の戦術に関しては天才的で、これによりレナードはかなりのアドバンテージを得ることになる。
面白いのは、この辺りからただどちらが勝つかという話から、裁判に勝つために何をしてもいいのかとか、裁判や主張の正当性、法の平等性とは一体なんなのかという部分に話がシフトしていく点。どちらが滅茶苦茶な主張なのかというのは見る側の立ち位置でも変わるし、実際どちらの言い分もわかる。その際、想像以上に関わる人間の恣意がそのまま「法の判断」として下されてしまう結果を見てしまうと、法律というものがいかに曖昧で不完全なものであるかという皮肉めいたものを禁じ得ない。

まとめ

というわけで、実際に起こった事件を扱った、訴訟や裁判の実態について考えさせられる一件のドキュメンタリー。事件自体は淡々と進んでいくが個性的な人物たちの語りが面白く、なにより知的好奇心を刺激させてくれる。もし自分が訴訟する、あるいは訴訟に巻き込まれた場合に、自分がこれから踏み込む場所はこういう場所なのだという気構えを得られる、そういう意味でとても良い内容だった。

TV広告に入れられた実際の「インパクトある冗談」。
たしかに「ハリアー 7,000,000ペプシポイント」としっかり、何の細則もなく記載されている。

画像:© 2022 NETFLIX