漫画感想「幻怪地帯 Season2 エーテルの村」

2022年12月に配信、販売されたホラー漫画。朝日新聞社刊。個人的に好きな漫画家で、ホラー漫画の奇才・伊藤潤二先生の新作。Web漫画サイト「ソノラマプラス」にて配信された作品。以前刊行された「幻怪地帯」とは内容など繋がりのない中短編がメインだが、一本だけ四半世紀を経た続きものがある。

あらすじ

「塵埃の魔王」
とある地方の温泉街。バブル期に乱立したホテルや旅館は次々倒産して廃墟と化し、街はすっかり寂れていた。優一少年はそんな温泉街から少し離れた山の上にある「汐曽根旅館」の一人息子。旅館はずっと昔に廃業し、父・大介と二人の家政婦と一緒に暮らしていた。大介の祖父・七蔵が遺したこの旅館を守ることに固執する大介は病的なまでに埃を嫌い、二人の家政婦に使われなくなった旅館の掃除を一日中させている。
家族に構ってもらえない優一は廃墟散策くらいしかやることがないのだが、父親である大介はそれを激しく嫌い、「温泉街には塵埃から生まれた滅びの魔王がおり、そのせいでホテル群は潰れた」「廃墟遊びはやめろ。不吉な埃を持ち込むな」と叱責する。しかし優一は知っていた。埃は廃墟から持ち込まれたのではなく、立ち入りを禁じられたこの旅館の3階から流れ込んできているのだと……というのが導入。

感想

本作に収録されているのは先にあらすじ紹介した「塵埃の魔王」、幼少の頃に遠くの親族に引き取られた大学生が友人を連れて故郷を再訪するのだが、人気のない村は永久機関によって支配されていた「エーテルの村」、ホラーギャグ短編「引きずり兄弟」27年ぶりの続編「怪奇ひきずり兄弟」、亀と鴉の奇妙な生態が人間に災いとして降りかかる「万寿沼の甲羅」の4話。話数自体は少ないが、「塵埃の魔王」「エーテルの村」はともに60ページ超えの中編となっている。この2つのお話はスケール、超常度合いが素晴らしく、中でも個人的に「塵埃の魔王」はコマの中で描かれる世界が埃に埋め尽くされており、埃っぽさがガンガンに伝わってくるのが凄いと思った。伊藤先生の作風は奇天烈なアイデアもさることながら、それに説得力を持たせる恐怖空間の画作りが抜群に巧い。巻末のあとがきでは毎回「年のせいかネタが出てこない」と吐露されているが、昔のネタ帳から引っ張り出してきたというこのお話も、「ホコリホラー」というたった6文字の殴り書きからここまで話と情景を膨らませたというのだから恐れ入る。
サブタイトルにもなっている「エーテルの村」は、ご本人曰く「過去に例がないほど作画に苦労した」という大作。画面の中心から細部に至るまで、もう一生分描いたのではないかと思われるくらいに様々な永久機関が登場する。お話としてはあまりにも荒唐無稽で発想がぶっ飛んでいるが、それを画にしてしまうのも十分やばい。しかもパッと見て手を抜いている感じがせず、必要な分をきっちりと描き、ページを埋め尽くしている。そこにある種の執拗さすら感じ、それがまた怖さ不気味さに繋がっている。
「怪奇ひきずり兄弟」は、伊藤作品の持ち味である「薄幸の美女」と「ギャグホラー」の合せ技。常に得体の知れない重圧を抱える美少女の穂垂が、性悪揃いの引摺(ひきずり)家に何かを感じ取って近づいていく。こちらは「空間の恐怖」というよりキャラクターものの側面が強く、しかもコミカルなのである意味安心して(?)読める。「万寿沼の甲羅」は本作の中では非常にストレートな話運びで、本作に収録された作品の中では一番昔の作品っぽさを感じた。キレのある短編を短いスパンで発表していた初期に比べると、近年の作品は全体的に映像作品が流れるようなコマ運びでじっくり描くようになっている印象。反面登場人物の動きがホラーなのになぜかダサコミカル(褒めてます)なのも個人的には魅力で、本作でも遺憾なく発揮されている。

まとめ

というわけで、相変わらず奇想天外で読み応えあるホラー作品。アイデアだけでなく画面の端にまで埋め尽くされた恐怖はファンからすると「これこれ!」という感じで、ますます円熟していると思う。2023年にはネットフリックスで伊藤潤二「マニアック」と冠したアニメーションシリーズも配信されるそうで楽しみである。

画像:© 2022 JI Inc, Asahi Shimbun Publications Inc